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「北欧モデル」から学ぶ、新時代の学力をはぐくむためのヒント(1)

「これからの時代は知識だけでなく、知識を実社会で活用する力が求められる」――これは世界的にいわれていることです。日本における2020年実施の新しい学習指導要領も、そうした新しい学力観への移行を念頭においたものといえます。では、今後求められる力をはぐくむために、家庭で実践できることは何でしょうか。国際的な学力調査で常に上位に入るフィンランドの教育事情などからヒントを探しましょう。聖心女子大学の澤野由紀子先生にお話をうかがいました。
(取材・文 松田 慶子)

目次

世界で重視されるのは実社会に対応できる力

幼児~小学生は「学び方を学ぶ」時期

対話と経験をとおした創造性の育成

これから必要となる力を、親子のかかわりのなかではぐくむ

世界で重視されるのは実社会に対応できる力

――教育改革というと、よくフィンランドなどの北欧の国がお手本として紹介され、「北欧モデル」とも呼ばれています。その特色は何でしょうか。

まず北欧がどういった国で構成されるかといいますと、フィンランド・スウェーデン・デンマーク・ノルウェー・アイスランド、そして最近ではバルト三国の一つエストニアも含まれるようになりました。各国の結びつきは強く、教育分野に関してもさまざまな意見交換がなされ、学校間・教員間の交流プロジェクトも盛んに行われています。

一つひとつの国を見るとそれぞれの教育制度は異なりますが、共通しているのは平等と民主主義の価値観です。幼稚園から大学院まで、授業料は基本的に無料。だれでも差別なく同じような教育が受けられるという理念が共通している点は「北欧モデル」の大きな特長といえます。幼児教育が充実しているというのも共通している面ですね。幼児教育の段階からしっかりとした教育が行われているので学力が高いという分析結果もあります。また、生涯学習が発展しており、大人になってからも学び続けられるシステムがあるというのも各国に共通する点です。

――北欧諸国の教育はなぜ注目されるのでしょうか。

現在もそうですが、デンマークは幸福度が高い国であるとか、スウェーデンやノルウェーの子どもたちが非常にのびのびと教育を受けている点などは、もともと魅力的だと捉えられてきました。そのようななか、2000年代に入ると経済協力開発機構(OECD)による生徒の学習到達度調査(PISA)でフィンランドが1位となり、一躍注目されました。新時代の学力をはかるためにデザインされたPISAにおいて好成績をあげたことで、新しい学力観への対応という面でも「北欧モデル」への関心が高まったのです。それまでフィンランドは教育国というイメージをもたれておらず、ほとんど注目されていませんでした。1位という結果には研究者の間でも驚きの声があがったほどです。

――PISAのテストとはどのようなものなのでしょうか。

日常生活のなかで遭遇する課題に焦点を当てていて、読解力と数学的リテラシー、科学的リテラシー、そして問題解決能力の4分野から出題されます。たとえば、読解力をはかるために電化製品のマニュアルを題材に用いたり、数学的リテラシーの分野で銀行の振込用紙を題材にしたりと、身近なものを元に考えさせる出題となっています。15才という大体どこの国でも義務教育が終わる段階の子どもたちを対象に、これから実社会で遭遇する課題にどれだけ対応ができているかを調べるためにデザインされたテストといえるでしょう。

じつはPISAではテスト以外のページもたくさん用意されていて、日常生活や学校生活などに関するさまざまなアンケート調査が同時に行われています。そうしたアンケートの回答結果からも、子どもたちのバックグラウンドや社会性などを分析しているのです。

――OECDがそのような調査を行うようになった背景は何でしょうか。

90年代の中ごろから、単なる知識や技能にのみ焦点を当てるのではなく、態度や意欲、また実際に学んだ知識や技能をしっかり使えるようになるための実践的能力こそが重要ではないかという考えが生まれてきたんですね。そこでOECDはまず、加盟している国々の企業の人事担当者などにインタビューを行い、各国の社会人に求められている能力とは何かを研究しました。

そして、各国のレポートから共通性のあるものを調べたところ、浮かび上がったのがコミュニケーション能力、言語を道具として活用できるかどうか、異文化をどう理解するかといったものだったため、それらが新しい学力として重視されるようになったんですね。最近では就職活動でも社会人基礎力などという言葉を耳にするようになりましたが、まさにそれに近いような、実社会に出てから必要となる力です。もともとは企業の方が重視していたような能力観が、OECDをとおして世界中の学校教育に影響を与えることになったのです。

幼児~小学生は「学び方を学ぶ」時期

――そのPISAで長年上位にランクインしてきたのがフィンランドです。どうして教育先進国になれたのでしょうか。

一つには、先に述べたようなOECDの調査研究プロジェクトにおいて、フィンランドやスウェーデン、デンマークといった国々が中心メンバーになっていたことがあげられます。これらの国に共通しているのは、農業国であって、石油などの資源もないということ。「人材がすべてである」という考えをもっているんですね。21世紀は知識が基盤になる社会で、産業構造にもイノベーションが必要だということで、これらの国々はかなり積極的に21世紀に求められる能力観の研究に関わっていました。

また、フィンランドに限って言えば、北欧諸国のなかでも最もソビエト連邦崩壊のダメージが大きかった国です。経済的に大きく依存していましたので、1991年のソ連崩壊後は経済が低迷し、失業率が20%にも達してしまいました。そこからどうにか脱却しなければと、人に投資し、新しい産業を興す力をつけようと考えたわけです。つまり、国の競争力を高めるために教育の果たす役割が大きいことを強く意識していたといえるでしょう。

さらに、ヨーロッパ全体に広がる「生涯学習」の概念も、学力向上に関係しています。

――具体的にはどのようなことでしょうか。

まず「生涯学習」という言葉が何を指すかですが、これは幅広い概念でして、学校教育だけではなく、地域のなかのノンフォーマルな学習の機会、家庭教育、旅をしながら偶然学んだことなど、そのすべてを総体として捉えたものです。

1996年にOECDやUNESCOといった国際機関が「21世紀は生涯学習が大事だ」という報告書を出し、EUも「ヨーロッパ全体を生涯学習社会にする」という方針を決定しました。もともと北欧諸国には古くから大人になっても学び続ける文化というものが根付いており、各地域に学習サークルが置かれ、「フォルケホイスコーレ」と呼ばれる成人向け教育機関も数多く存在するなど、ノンフォーマルな学びの場が発展し、生涯学習に関して先進的な取り組みが行われていることで有名でした。加えて、フィンランドやスウェーデンは1995年にEUに加盟したばかりで、とくに大国に支配されてきた歴史の長いフィンランドはEUのなかでの存在感を高めようとする意識が高く、いち早くEUの教育方針を取り入れたという経緯があります。その後、フィンランドからは「学びそのものがもつ楽しみが大切だ」という「学ぶ喜び」に関する政策文書も発表されています。

今後、科学技術がどんどん進化し、社会がますます複雑化していくと予想されるなかで、フィンランドでは、これからの変化に対応するためには「学び続けていく」ことが必要であり、そのためにも幼児教育・初等教育の段階では「学び方を学ぶ」ということに特化していくべきだという方針のもと、「生涯学習の基礎づくり」に焦点を当てた教育改革が行われてきました。学びの基礎というと、日本では計算や漢字などといった話になりがちですが、ここでいう「学び方を学ぶ」とは、生涯学び続けるための素養と意欲をはぐくむということです。そのなかでは、創造性やコミュニケーション能力も重要なものとして位置付けられています。幼児教育・初等教育は生涯学習の基礎をはぐくむ「学び方を学ぶ」時期だからこそ重要だという考えが浸透しており、教育者たちもその重要性を常に意識して指導にあたっています。それが学力向上の要因にもなり、現在のフィンランドの教育モデルへの高い評価につながっているといえるでしょう。

プロフィール

澤野 由紀子(さわの・ゆきこ)

聖心女子大学文学部教育学科教授。日本生涯教育学会長も兼任。専門は比較教育学、生涯学習論。とくに北欧をはじめとするヨーロッパの生涯学習政策に詳しく、グローバルな視点から日本の教育課題に対する提言を行っている。著書に『揺れる世界の学力マップ』(共編著/明石書店)、『世界の学校』(共著/学事出版)などがある。

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