Column 19年02月 これからの時代に「キーボード」は必要なのか

2020年度から施行される「新学習指導要領」では、「情報活用能力」の育成が謳われています。もちろん、機器の使用に習熟することが目的ではありませんが、「学習活動を円滑に進めるために必要な程度の速さでのキーボードなどによる文字の入力」は身につけさせるべきものだと考えられています。しかし身の回りを見渡せば、今や日本語の文字入力はフリック入力が便利で困ることもなさそうです。果たしてこれからの時代に「キーボード」は必要なのでしょうか。

フリック入力
パソコンのキーボードを使わない日はあっても、スマートフォンのフリック入力を使わない日はない、という人も今や少なくないのかもしれません。インターネット上では、「大学のレポートですらパソコンを使わずにスマホのフリック入力で作成する学生がいる」という話がまことしやかにささやかれています。それほどにフリック入力は便利であり、だからこそ広まっているのだといえるでしょう。

ご承知の通り「フリック入力」は、テンキーに割り振られた50音の各行(あ行、か行……わ行)最初の文字をタップし、そのまま指をスライドさせて母音を選ぶ、というものです。スマートフォンでフリック入力が便利なのは

  • 覚えておくべきキーが少なくて済む
  • ひとつキーを選んだあとの指の動きが規則的
  • 入力手順とカナの表記が(ほぼ)対応している
  • 少ないキーで済むため、それぞれのキーが大きく表示できる
  • 少ない指の動きで文字が入力できる
  • 片手で入力できる

といった点が理由としてあげられます。例えば、「ぼ」と「ぽ」をパソコンのキーボードと同じ配列(QWERTY配列と呼びます)で入力するときと、フリックで入力するときを比べてみましょう。

  • QWERTY配列:「ぼ」の場合はbを押して、右斜め上にある「o」を押す。「ぽ」の場合はpを押して、すぐ左隣にある「o」を押す。
  • フリック:「ぼ」の場合も「ぽ」の場合も、「は」行のキーを押しながら下に指を動かす。その後、濁音/半濁音を選ぶキーをタップするか、スワイプすることで「ぼ」「ぽ」になる。

日本語の文字として見たときには、「ぼ」と「ぽ」は濁音か半濁音かの違いしかありません。その点、フリック入力では日本語の直感に近い入力ができます。しかしQWERTY配列では「b」と「p」を分けて考える必要があり、さらにそのあとの指の動きも「ぼ」と「ぽ」で違います。五十音表に慣れ親しんでさえいればフリック入力のほうが楽だと感じる人の方が多いでしょう(日本語の音をローマ字で認識する外国人にとっては、逆にわかりづらいという意見もあります)。また、似たような音節のしくみを持つハングルも、フリック入力がしやすい文字なのだそうです。

このように日本語を入力するのに便利なフリック入力も、例えばアルファベットを入力するのには決して便利ではありません。お手持ちのスマートフォンで「WeDo 2.0」とフリック入力してみてください。大文字小文字の切り替えも面倒ですし、フリックする際の動きに規則性はありません。「慣れてさえいれば」という前提ではあるものの、QWERTY配列のほうがストレスなく入力できる人のほうが多いでしょう。日本語だけを入力するのならば確かにフリック入力は便利ですが、アルファベットが混ざる文章を書く場合には少しだけ不便になり、アルファベットだけを入力する場面では途端に面倒となります。

アルファベットを入力するには
それでは、アルファベットを使う国の人たちはどのように入力しているのでしょうか。詳しく調査をしたわけではありませんが、スマートフォン上でもQWERTY配列のソフトウェアキーボードで入力することが多いようです。あるいは、音声入力をする人も一定数いるようです。

また、最近では少なくなりましたが、スマートフォンでも実際のキーボードを持つ機種を好む人が一定数いるとのこと。この写真は Blackberry というシリーズの端末(Blackberry PRIV)。Blackberryといえば、iPhoneが登場する以前はアメリカを中心に「ビジネスマンが持つ携帯端末といえばこれ!」というほどに普及していたシリーズです。アメリカのオバマ元大統領もBlackberryシリーズの熱心なユーザーであったことが知られています。

しかしiPhone登場以降はシェアを落とし、ほとんど見かけなくなってしまいました。それでも熱狂的なファンはおり、日本でも、一時期ドコモが取り扱いをしていたほか、2018年にはKDDIから最新端末が発売されるなど、コアなファンや強固なセキュリティを必要とする人が使う端末として知られています。

話を入力法に戻しましょう。スマートフォンでQWERTY配列のソフトウェアキーボードを使う際には、通常の入力法のほかに、「グライド入力」という入力方法が徐々に人気を集めています。次の動画をご覧ください。


文字をなぞるだけで、「入力しようとした単語を予測」してくれる入力法です。グライド入力の場合、厳密に入力しようとする文字をたどる必要はなく、動画の例でも「started」と入力するところでは「stared」のようになぞっています。それでも登録されている単語や「文脈」から、正しい単語を推測して入力してくれているのです。もちろん、常に正しい変換がされるわけではありません。「eighty」と入力する場面では、あまりにも雑になぞったため、「either」と変換されてしまいました。一度で変換されなくても、日本語の漢字変換同様「候補」も表示されています(eightyの場合は候補にも出てきませんでしたが……)。どうしてもうまく入力できなければ、そのときには、1文字ずつ入力すれば確実です。この「グライド入力」をある程度練習すれば、パソコンのキーボード並かそれ以上のスピードで入力できるようになるでしょう。

グライド入力は英語だけではなく他の言語でも使えるものがあります。上の動画は中国語の例です。日本語同様、「ピンイン」と呼ばれるローマ字から漢字に変換するため、英語に比べれば入力の速度は落ちます。しかしそれでも、慣れると比較的速く入力できるのです。

それでもQWERTY
ところで、グライド入力をする場合でも、表示されているキーボードはQWERTY配列であることに気づいたでしょうか。――いえ、QWERTY配列でなくても構いませんが、「パソコンで使っているものと同じキー配列のキーボード」という点が大事です。先程来指摘している通り、

  1. 日本語を入力するだけならばフリック入力が楽
  2. しかしアルファベットが混ざると面倒になる
  3. アルファベットを入力するには、パソコンと同じ配列のキーボードを使うことがほぼ避けられない

ことは間違いありません。そして、残念ながら日本語の文章でも、文中にアルファベットが混ざることは決して少なくありません。友達同士の会話であれば避けることができたとしても、一般的な文章では避けがたい部分もあるでしょう。そして、プログラミングをするのであれば、それがスクラッチなどのビジュアル型(ブロック型)言語でない限り、アルファベットの入力はほぼ避けられません。

そうなのだとすれば、やはり現在の小・中・高校生も、「キーボード入力」ができるようになるべきなのでしょう。もちろん、習熟には時間がかかります。ある程度の年齢に達してから取り組むにはハードルが高いのも事実です。それであればできるだけ早いうちから慣れていくことが必要なのだと考えています。

それでもQWERTY?
最後に1点補足です。QWERTY配列は、世界中で事実上の標準(デファクトスタンダード)となっています。しかし、それ以外にも配列があるのをご存じでしょうか。例えばDvorakと呼ばれる配列があります。Colemakと呼ばれる配列があります。日本語でも、かなキーの配列が通常のものと違う「親指シフト」と呼ばれる配列もありました。QWERTY配列に限らず、こうした配列のキーボードに慣れることも方法の一つではあります。

しかし、一般的なキーボードは依然としてQWERTY配列です。自分のものでないコンピュータを使用することもあるでしょう。そのときに「使えません」となってしまう恐れが、まだまだあるのです。これから20年先、30年先にどうなるかはわかりませんが、少なくともここ10年くらい先を見通しても、まだまだQWERTY配列を身につけるメリットは大きいでしょう。

また、QWERTY配列でも、一部の記号は日本のキーボードとアメリカのキーボードでは違うことをご存じでしょうか。例えば「@」。日本のキーボードでは「p」のキーの隣にある記号です。しかしアメリカのキーボードでは、シフトキーを押しながら「2」をタイプします(pの隣にあるキーは[です)。こうした違いにはすぐに慣れますが、同じはずの配列でも違いがあるのは面白いですね。