Column 19年03月 「プログラミング的思考」だけでよいのか?

「2020年度より小学校でのプログラミング教育が必修となる」。本講座をご受講中の皆様はすでにご承知のことで、小学校でのプログラミング教育とは「プログラミング的思考を身につけるためのもの」という認識もずいぶん広まってきたように感じています。しかし、「プログラミング的思考」だけで本当に良いのでしょうか。このことについて、今一度考えてみましょう。

改めて、「プログラミング的思考」とは?
これまでにもご紹介してきた通り、文部科学省は「プログラミング的思考」を次のように定義しています。

「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」

そして、こうした「プログラミング的思考」を養うことを意識して授業をせよ、プログラミングの経験もきちんとさせる必要がある、ということを文部科学省は定めています。しかし、本当に「プログラミング的思考」を養うことが「プログラミング教育」なのでしょうか。

そもそもなぜ「プログラミング教育」なの?
そもそもなぜ「プログラミング教育」なのか、改めて振り返ってみましょう。

「プログラミング教育」は、もともとは経済界からの「IT人材を育成せよ」という要請がスタートです。ただ、小学生にいわゆる「プログラミング言語」を教えるのは、無意味とまでは言いませんが、無茶なことでしょう。もちろん、これだけを教えるのではありませんし、何よりも教えられる先生が少なすぎます(プログラマーに教えさせるというアイディアは非現実的です。『教員』が資格職であるのは、児童生徒の発達段階も踏まえた上で、他の教科などとの関連も意識しながら指導をするという専門性があるからです。こうしたことが天才的に上手な方もいるでしょうが、全員がそうであるという保証はありません)。

それに加え、「学校教育」の目的は「今すぐ社会で役に立つ力を身につける」ことではありません。様々なものを学んでいくための基礎を身につけることが目的です。「役に立つ・立たない」の議論は危険です。「誰にとって」役に立つのかという視点がみな違いますから、そこを揃えない限り議論は成り立ちません。また、「すぐに役に立つ力」はすぐに陳腐化します。新しい技術が出てくるスピードが上がり、10年前にはなかった技術を使わなければならない場面は今この時代でも珍しくありません。そんな中で「今すぐ役に立つもの」を身につけさせようとするのは、かえって子どもたちのためにならない可能性もあるのです。

このような観点から、「将来のIT人材を育てるためには何が必要か」を考え、社会に出たときに必要な能力から逆算していった結果出てきたもののひとつが、いわゆる「小学校でのプログラミング教育」といえるでしょう。「逆算して出てきたもの」のひとつですから、これだけですべてが解決するのではなく、他の力とあわせて考えることが必要です。

「情報活用能力」
「将来のIT人材を育てるために必要なもの」の根幹となるのが、「情報活用能力」です。「プログラミング的思考」はこの「情報活用能力」の一部でしかありません。中学校・高校の学習指導要領には「プログラミング的思考」という言葉は登場しませんが、「情報活用能力」は登場します。それでは、この「情報活用能力」とは何でしょうか。文科省のある資料(情報活用能力調査(高等学校) 報告書 )では次のように説明されています。

世の中の様々な事象を情報とその結び付きとして捉えて把握し,情報及び情報技術を適切かつ効果的に活用して,問題を発見・解決したり自分の考えを形成したりしていくために必要な資質・能力

「情報活用能力」は「コンピュータ活用」とイコールではないのです。確かに、コンピュータは「情報」を扱う上で大きな役割を果たします。しかし、決して「情報=コンピュータ」ではありません。

この指摘は「情報」に関わってきた専門家に共通の認識でしょう。例えば、東京理科大学の理工学部情報科学科で学科長や学部長なども務められた故・大矢雅則先生は、1999年に出版した著書の中で次のように書いています。

コンピュータも情報を処理する道具として大きな役割を果たしているが、「情報=コンピュータ」という我が国の風潮は大変な誤謬で、こうした図式ではコンピュータ科学の発展さえもおぼつかないといわざるを得ない。(サイエンス社『情報数理入門』はじめに)

「情報活用能力」にはどのようなものが含まれるのでしょうか。ざっと考えただけでも

  • コンピュータの操作
  • 与えられた情報を整理する力(言い換えたり、分類したり、数式で表したりする)
  • 統計のリテラシー
  • 批判的思考
  • 資料を調べる力

といったものが挙げられます。「プログラミング教育の必修化」というキャッチーな言葉が先行していますが、こうした能力も同時に身につけていかなければならないのです。

「情報活用能力」を身につけるためにやるべきこと
最後に、「情報活用能力」を身につけるためにすべきことを考えましょう。

身も蓋もない言い方になってしまいますが、まずは学校で学ぶことをきちんと身につけることが必要です。もちろん、それだけでは不十分で、「情報の整理」を実際に行ってみることなども必要です。これも、例えば趣味のコレクションの整理、というような形で経験することができるものですので、「幅広く興味を持って何にでも取り組んでみよう」という言い方ができるかもしれません。

その意味で「Z会プログラミング講座」は、「プログラミングをベースに情報活用能力を身につけさせる講座」といってもいいのかもしれません。これまでの「学び」だけでは身につきにくい「情報活用能力」を育むための仕掛けを取り入れた講座、というイメージです。

学校での「プログラミング教育」は、まだまだ誰もが試行錯誤を繰り返しているのが現状です。今後どのように進んでいくのか、進めていくべきなのか、「答え」を知っている人はいません。だからこそZ会も、今後とも情報収集と情報発信を続けていきます。