
「書くこと」は人の学習にどのように作用しているのでしょうか。
長年、脳波研究に取り組み、Z会専用タブレット・デジタルペンシルの共同開発企業である株式会社ワコムと「書くこと」と脳活動との関係についての共同研究も行っている国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) 成瀬康さんに解説いただきました。
※本ページの内容は2026年1月時点のものです。
(構成・文/浅田夕香)
成瀬 康(なるせ やすし)
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター 脳機能解析研究室 室長
VIE株式会社 Technical Outside Director
大阪大学招へい准教授
東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了後、2007年、情報通信研究機構に入所。脳波研究に長年従事し、日常での脳波計測を可能とするためのウェアラブル脳波計や、ウェアラブル脳波計を利用したアプリケーションの開発、脳情報通信に関連する研究成果の社会実装などに取り組んでいる。博士(科学)。
「書くこと」と記憶との関係性
──成瀬さんは脳波の計測・解析に関する研究に長年取り組まれていますが、その観点から、学習における「書くこと」は理解や記憶にどのように影響するとお考えですか。
これまでの私達の研究でわかったことからお話しすると、ワコムさんとの共同研究で一つ明らかになったのは、新しい単語を覚える際にキーボードをタイピングして覚えるのと、書いて覚えるのとでは、書いて覚えたほうが単語の学習効果が良いということです。
具体的には、インドネシア語の単語を「インクペンで紙に書く」、「デジタルペンでタブレットに書く」、「キーボードでタイピングする」の3つの手法で覚え、覚えた単語の後に「正しい日本語訳」または「間違った日本語訳」を見せる実験を行い、意味処理に関わる脳波「N400」を測定しました。意味が合うと脳の処理が楽になりN400は小さく、意味が違うと大きくなります。学習が進むほどこの差が大きくなります。結果として、タイピングよりも、インクペンであろうがデジタルペンであろうが、書いて覚えたほうがN400の差が大きくなりました。つまり、書いて覚えた方が、学習効果が高いと言えます。そして、N400は長期記憶にも関連していると言われていることから、書くことは記憶の定着に役立つ可能性があります。
ちなみに、実験にインドネシア語を使用したのは、キーボードでの入力の基本となるアルファベットベースの言語でありながら、日本人にとって馴染みが薄いためです。
──どのようなメカニズムでN400の差が強く出るのでしょうか。
そこに関しては、我々の研究だけではまだ明確に説明できません。先行研究を見ると、書くことによって脳の運動野などが活性化し、また、さらに広い範囲の脳の部位が活性化して脳のネットワーク全体が刺激されるからではないかなどの分析がされていますが、諸説ありますし、データが取れているのはこのあたりまでです。どのようなダイナミクスで記憶にまで影響しているのかは明らかになっていないのが現状です。
──では、ほかにも「書くこと」と脳波の関係について、成瀬さんの研究で明らかになっていることはありますか。
先ほどお話ししたものに加え、一つ、面白い結果が出ています。それは、書くことによる学習効果には、道具への「慣れ」も影響していそうだということです。
──どういうことでしょうか。
先ほどと同じ「インドネシア語の単語」を書いて覚えるという実験結果を、デジタルペンに慣れている人とそうでない人とで分けて解析をした結果、デジタルペンに慣れている人はデジタルペンで書いて覚えたほうが、インクペンで書いて覚えるよりもタイピングに対しての学習効果の高まりがより強く出ていることがわかりました。N400の差がより強く出ていたんですね。
同様に、インクペンで書くことに慣れている人は、デジタルペンで書いて覚えるよりもインクペンで書いて覚えるほうが、タイピングに対しての学習効果の高まりが強く出る傾向があるという結果になりました。すなわち、書いて覚える際の学習効果には、道具への「慣れ」というファクターも大きそうだということがわかってきたのです。
──デジタルのペンであっても、アナログのペンであっても、その方法で書くことに慣れていけば、学習効果に良い作用があるということですね。
その通りです。
──では、学習効果からさらに進んで、抽象的に考えたり、複雑な思考をしたりする際の「書くこと」と脳波の関係については、何か明らかになっていることはあるのでしょうか。
そこはまだ明らかになっておらず、まさにデータを取りたいところです。自分の感覚としても、書くと思考がまとまりますし、「悩んだら書き出すといい」といった言説は様々なところから聞きますから、その時に実際にどのような脳活動が起こっているのか知りたいですね。
「書く」の繰り返しで、思考に割くリソースが増える
──成瀬さんご自身は、学習における「書くこと」の意義をどのようにお考えですか?
私の極めて個人的な感覚ですが、「書く」という行為を何回も繰り返しやっていくと、だんだんと書くことが無意識化し、記憶に用いていたリソースが解放されて思考に回せる面があるのではないかと思っています。
というのは、学生時代、特に数学が好きだったのですが、数学の問題を解くときには途中式などもあまり飛ばさずに書き出していました。そうすることで、書きながら次の展開を考えることができ、途中式を飛ばしながら答案を書くよりも体感的には解き終えるまでのスピードが速かったんです。
──書くことの積み重ねで公式や典型的な式展開などは意識せずとも書けるようになり、その分、脳のリソースを思考に使えるということですか。
そうです。定型化しているものは考えなくても勝手に手が動くといったイメージです。
別の例えで言うと、かつて、私が所属する脳情報通信融合研究センターの研究員が、当時サッカーのブラジル代表だったネイマール選手の脳活動を測定する研究をしていました。
そこでわかったのが、ネイマール選手が足を動かしたときの脳活動の領域は、一般のサッカー選手よりも小さいということでした。一方、ディフェンダーの動画を目の前で見せて「どうやって抜くかイメージしてください」と伝えると、脳活動の領域が広くなったんです。それは、サッカーのプロフェッショナルとして基本動作には脳のリソースをそれほど割くことはなく、その分、次の動きを考えるところにリソースを割くことができるということです。
この結果を聞いて、私は書くことのプロフェッショナルになれていたのかもしれないと思いましたし、これらを鑑みると、「書く」という行為が残っている現代の状況下においては、書くプロフェッショナルになったほうが勉強や仕事がはかどるんだろうなと感じますね。
──成瀬さんご自身も、勉強する際には書くことを重視されていましたか?
私の学生時代には「書く」という手段しかなかったので、何をするにしても手が真っ黒になるまで書いていました。それこそ小学校の思い出の一つは、漢字の勉強でも、計算をするにしても、気づくと利き手の紙に接する部分が真っ黒になっていたことです。そうして反復して書くことで、無意識に手が動くようになったところがあると思います。
「書くこと」と脳波研究のこれから
──今、「書くこと」と脳波の関係についてどのような研究が進んでいるのでしょうか。
デジタルペンのメリットの一つとして、ログが取れることが挙げられます。
今、ワコムさんと取り組んでいるのは、デジタルペンを使ってペンログと脳波を同時に測定・解析することです。具体的には、「ペンを紙についたタイミング」など、瞬間瞬間の脳活動を脳波によって把握することに取り組んでいます。
そうして一つわかってきたのは、ペン先のログと瞬間瞬間の脳波を解析することで、書いている人の気分、例えば、ペン先ごとで変わるイライラややる気の度合いなど、その人がその時のデジタルペンで感じている書き心地を推定できそうだということです。さらに、脳波の出方は、「計算しているとき」「何かを書き写しているとき」など、書く目的や課題によって変わりそうであることも見えてきています。
──より詳細なことがわかってきたら、どのように活用できそうでしょうか。
例えば、デジタルペンで学習しながらペンログと脳波を測定し、その人にとってよりストレスが低く、書き心地の良いペン先をおすすめするといったことが可能になるかもしれません。
あるいは、さらに研究が進み、例えば、「覚える」「計算する」よりも高度な問題を解いているときの脳活動が解明できれば、問題を解いている時につまずいている箇所を把握したり、それに対していつ、どのような提案を出してしていけばいいのかを検討できたりする可能性もあるのではないかと思います。
勉強の醍醐味の一つは、難しい問題を解いているときに「わかった!」となる瞬間だと思います。その時、脳活動として何が起こっているのかはぜひ解明したいところです。
──デジタルペンを用いた学びの可能性についてはどのようにお考えですか。
先ほど話したように、ペンログなど解析していくことで、学習への様々な活用の仕方が生まれてくるのではないかと期待しています。
一方で、今は学習におけるデジタル化が進み、「書いて学ぶ」こともデジタルペンを使ったものに移行しつつも、アナログのペンで解答する場面も多いという状況ですから、「書いて勉強するときは、デジタルのペンとアナログのペンのどちらがいいか?」といった問いに対しては明確な答えを出せない、複雑な状況だと感じています。
ただ、先ほどもお話ししたように、学習効果に関しては、デジタルでもアナログでも、慣れているペンで書くことが影響することがわかった、というのは一つ言えることです。今後は、幼少期からデジタルデバイスに慣れてきた子どもたちがデジタルペンを使い始めたときに、「慣れ」のベースがどうなるかといったことにも注目できればと思います。
──ありがとうございました。
「書いて学ぶ」ことにこだわった、Z会の学び
「Z会専用タブレット(第2世代)」では、手のひらを画面につけながら紙のノートのような書き心地で、ストレスなく「考えて、書く」学習ができます。
途中式や問題用紙への書き込みも可能。思考過程を整理しながら、問題に取り組めます。
添削問題では、一人ひとりの解答や思考過程をプロの添削者が読み取り、一人一人にアドバイスをします。
「考えて、書く」ことで思考力を鍛え、プロの添削指導を受けることで実力が身につきます。
添削問題に取り組んでいる際の学習ログから、手が止まっていた箇所を表示。どこで迷ったのかを思い出しながら復習ができます。
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