出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。
今月のテーマは【心の遠きところ】です。
すきまに入る
『しょうがっこうの、いやなところ…』より
「はやく かえりたい。」――山本悦子『しょうがっこうの、いやなところ…』は、1年生のかりんの、つぶやきからはじまる。登校して、ランドセルをロッカーにほうりこんだとたんに、ため息が出る。
かりんは、小学校のいやなところを数えあげる。――「一年の きょうしつにいる子って、一年生ばっかり。一年生って、ほんと、小さい子みたい。」「いやなところ その二は、おとこの子たちが、へんなとこ。」……おしまいは「その七 がっこうに いるあいだに、うららちゃんに ママを とられちゃう!」うららちゃんは、生まれたばかりの妹だ。
2時間めが終わったあとは、長い休み時間になる。先生が「うんどうじょうぐみでも きょうしつぐみでも、どっちでも いいよ」というから、かりんは、「きょうしつぐみ」だ。思いついたことを言いあっている女の子たちにまざらずに、自分の席でいろいろ考える。――「ママと うららちゃん、なにしてるかな。」すると、となりの席のたかとくんが立ちあがる。たかとくんは、いつもだまっている。しゃべったところは見たことがない。
なに するんだろう?
きょうしつの うしろには、ランドセルを いれる ロッカーが ならんでいる。その はしっこに、そうじどうぐを いれる せのたかい ロッカーが ある。そのロッカーと かべの あいだに すこしだけ すきまが ある。足が 一本 はいるくらいの すきま。
たかとくんは、その すきまに、ちょっとずつ からだを すべらせている。みるみるうちに、たかとくんは、すっぽり すきまに おさまってしまった。
うらがわが好き
河原久美子の絵本『うらがわ ともだち』の最初の見開きには、校庭の風景が広がる。ドッヂボールの子どもたち、大なわとび、鉄棒、ぶらんこ……。画面のすみの木立の下にむらさき色のパーカーの子がひとり、草はらにひざをつけている。――「やすみじかんは いつも うらがわに いる。」
ページをめくると、草はらとその子が大きく描かれている。――「「きみは だれ? はじめて みる かおだね」あおむしは はなしかけても しらんかお。ここでは みんな すきに すごしているんだ。」あおむし、バッタ、てんとうむし……、その子は、虫たちに会いに来たのだ。――「ほら やっぱり ここに いた。だんごむしは くるるん まるまって じっとしている。わたしも おんなじ。みんなの まえでは ことばが ひっこむ。」
『しょうがっこうの、いやなところ…』のたかとくんが入り込んだ、すきまも、教室の「うらがわ」だ。
よちよち歩きの正ちゃん
山根知子編『心の遠きところ はじめての坪田譲治』は、坪田譲治(1890~1982年)の新編集の作品集だ。7編の童話と、短編小説「善太と三平」、中編小説「風の中の子供」のあわせて9編が収められている。
巻頭の童話「母ちゃん」は、「いく日もいく日もふっていた雨が、やっとあがりました。」と書きはじめられる。お母さんは洗濯、正太は、新しい靴をはかせてもらった。正太は、よちよちとお母さんのまわりを歩いていたが、もう少し遠くへ行きたくなる。
「母ちゃんは? いる。いる。」そこでまた三四間よちよちすすみました。母ちゃんは? いた。いた。ですが、よく見ると、母ちゃんをもうこんなに遠くはなれてしまいました。
「母ちゃアん。」と、さけんで、正太は小走りにもどって来ました。
正太は、母ちゃんの手のなかにとびこんで安心する。正太は、何度も遠くへ行っては、また戻ってくる。――「母ちゃん、いたのね。」正太も、母ちゃんのもとをはなれて「うらがわ」に行ったのかもしれない。でも、かならず戻ってくる。行っては戻る、これは、幼い正太にとって切実な、しかし、楽しい遊びだ。
『しょうがっこうの、いやなところ…』のたかとくんは、すきまに入るたびに出られなくなる。1回めは、かりんが何とか引っぱり出し、2回めは、先生と教室中のみんなが力をあわせて、大きなかぶを引き抜くみたいに助け出したのだ。
『心の遠きところ』は、坪田譲治がしばしば色紙に揮毫した「心の遠きところ花静なる田園あり」ということばから取られたタイトルである。譲治の「心の遠きところ」にあったのは、ふるさと岡山での少年時代の思い出だろう。「心の遠きところ」は、だれのなかにもあるのではないか。すきまや、うらがわは、そこにつながる入口のようにも思えるのだが……。
今月ご紹介した本
『しょうがっこうの、いやなところ…』 
作 山本悦子、絵 佐藤真紀子
あかね書房、2026年
同じ作者、同じ画家の本に『しょうがっこうが、きらいです!』(あかね書房、2024年)がある。主人公は、1年生のマユだ。「わたし、学校、いきたく ないみたい」というマユのひとことから作品がはじまる。胸のなかがモヤモヤするのだ。
このマユが『しょうがっこうの、いやなところ…』にも、ちょっとだけ出て来る。どちらにも、ねねちゃんや、みさきちゃんや、ぎんちゃんが登場するし、二つの作品に描かれたのは、同じ教室のようだ。
『うらがわ ともだち』
河原久美子
BL出版、2025年
むらさき色のパーカーのその子は、図書館も好き。虫たちのことをもっと知りたいからだ。図書館で、やっぱり虫の本を読んでいる子を見つける。
第41回「日産童話と絵本のグランプリ」絵本部門の大賞受賞作品だ。カバーのそでに推薦文を寄せた絵本作家の高畠純さんは、主人公を「内面をみつめる子」と呼び、「ひそかに自分の世界、自分だけが知っている世界を大切にする」と述べる。
『心の遠きところ はじめての坪田譲治』 
坪田譲治 作、山根知子 編
小峰書店、2026年
「坪田譲治文学賞」創設40周年を記念して、岡山市が企画した作品集である。小説家であり童話作家でもあった譲治の名を冠した、この賞は、「大人も子ども共有できる世界」を描いた作品に贈られる。
「母ちゃん」は、最初、児童雑誌『赤い鳥』(1931年8月)に発表された童話。「心の遠きところ」を描き出した及川賢治のカバーの装画が楽しい。
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。
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