出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。
今月のテーマは【お話は「希望」】です。
夜明けの出発
『希望を運んだ図書館 馬に乗って本をとどけた女性たち』より
ローレン・H・カースティンとベッカ・スタッドランダーの絵本『希望を運んだ図書館 馬に乗って本をとどけた女性たち』の最初の見開きには、図書館のなかが描かれている。働いているのは、みんな女の人だ。――「アメリカ 騎馬図書館 WPA」
わたしがケンタッキー州の図書館で働いていたときの話をしましょう。
それは、たくさんの人が仕事を失い、未来に不安を感じていたときのことです。
政府は新しい仕事を作り、人びとの希望や夢につなげようとしました。
そのひとつが、馬で本をとどける図書館の仕事でした。
この図書館の目的は、たったひとつ。
遠いところに住む人たちの世界を広げること。
すばらしい言葉や物語にふれてもらい、心のささえになるように。(太字原文)
巻末の「騎馬図書館計画とは?」という写真入りの記事を参照すると、左ページの帽子の女性は、エレノア・ルーズベルト大統領夫人で、騎馬図書館を訪問したところだとわかる。看板の「WPA」は、1930年代の大恐慌時代に、大統領が働き口をふやすために作った「公共事業促進局」のことだ。大統領夫人と、ケンタッキー州で働く女性を支援する仕事をしていたエリザベス・フラートンが、女性の仕事のチャンスを作り、そして、本がすべての人に平等に届くようにするために、騎馬図書館の取り組みをはじめたという。右ページでは、騎馬図書館員の女性たちが届ける本を仕分けしている。
ページをめくると、4人の女性が馬にのって出発する。政府は人をやとっただけで、必要な本までは用意しなかったから、図書館員たちは、本の寄付をつのったりもした。――「わたしたちはいっしょに馬に乗り、まだ暗いうちに出発しました。そのうち太陽がのぼり、朝のやわらかな光が物語の最初のページがめくられるように、ゆっくりと広がっていきました。」
遠くのみんなに届ける
はやしますみの絵本『たぬはらさんのどこでもとしょかん』のとびらに描かれたのも、図書館のなかだ。本棚から本を取り出しているのはクマやシカやブタ、リスは、本棚の上のほうを見ようとして、はしごを上がる。本をのせたカートを押して、とおりかかるのは、エプロンすがたのタヌキだ。――「たぬはらさんの としょかんには、たくさん ほんが おいてます。どんな ほんでも みつかります。よみたい ほんは ありますか。」
とびらを開けると、「きょうも たくさん かりてもらえたなあ」と、夕方、図書館司書のたぬはらさんが片づけている。そこへやってきたのが、遠くの野原に住むネズミだ。――「どれだけ はやおきしてきても、としょかんが あいてる じかんには まにあわないや。ぼく、このままずっと ほんを よむことが できないのかも」
つぎの日、たぬはらさんは、「そうだ! とおくの みんなも ほんを よみたいよな」と思いついて、葉っぱを集め出す。ひろった葉っぱを全部頭にのせて、ポン!とおなかをたたくと……。ここで、ページをめくる。
たぬはらさんは ワゴンに なりました。
はっぱが ぜんぶ ほんに かわっています。
どこでもいける どこでもとしょかん。
カタ カタ カタタン。
のはらに しゅっぱーつ!
野原が1日、図書館になって、ネズミもトカゲも虫たちも、心ゆくまで本を読む。たぬはらさんは、潜水艦の図書館になって池のなかに行ったり、気球の図書館になって雲の上に行ったりする。
お話好きの子ども
たぬはらさんは、移動図書館に変身する。騎馬図書館も、一種の移動図書館だ。馬車で町から町へとめぐって、お話の本を売るのは、I.B.シンガー『お話を運んだ馬』の最初の話「お話の名手ナフタリと愛馬スウスの物語」の主人公である。
幼いころのナフタリは、父さんや母さんが手を焼くほどのお話好きだった。幸い、父も母も、たくさんのお話を知っていて聞かせることができた。大人になった彼は、自分で作った馬車で、本を売ってあるく。馬車を引くのは、愛馬スウスだ。
子どもたちのなかには、学校にも行けず、読み方を習わない子もいたから、ナフタリはそういう幼い子たちを何人か集めては、馬車に乗せ、お話を聞かせてやった、それは、ほんとうの話のこともあれば、自分で作った話のこともあった。
お話好きの子どもは、お話を語る名人になり、やがて、お話を書く作者にもなった。
今月ご紹介した本
『希望を運んだ図書館 馬にのって本をとどけた女性たち』
作 ローレン・H・カースティン、絵 ベッカ・スタッドランダー、訳 中井はるの
くもん出版、2026年
騎馬図書館員の「わたし」は、時には川を横切り、時には雨でぬかるんだ坂道を馬をおりて歩いた。その先には、本を待つ子どもたちや大人もいるのだ。――「根気強く本や読み物をとどけるにつれて字を読める人がふえてくると新しい考えもどんどん生まれました。まるで、花がひらくように……。」(太字原文)
騎馬図書館員たちは、9年のあいだに、150万人に本を(希望を)届けたという。当時のケンタッキー州東部の識字率は、人口の31パーセントだった(巻末「騎馬図書館計画とは?」)
『たぬはらさんのどこでもとしょかん』
はやしますみ
偕成社、2025年
たぬはらさんは、図書館をおしまいにするとき、かならず昔話を語る。野原では、おむすびがネズミの穴に落ちる話、池のなかでは、タニシが長者になる話……。
『お話を運んだ馬』
I.B.シンガー作、工藤幸雄訳
岩波少年文庫、1981年
シンガー(1904~1991年)は、ユダヤ系アメリカ人の作家。幼少年期をポーランドの首都ワルシャワですごす。1978年、ノーベル文学賞受賞。最初の「お話の名手ナフタリと……」は、自伝的な物語である。お話好きの子どもは、お話の本を読む、そして、お話の本を書くという希望をいだくようになる。幼いナフタリが聞いたのは、妖精や小悪魔の話だったが、収録された、そのほかの7編も、ふしぎな物語だ。妖精の話を語るイェンツル伯母さんは、「あたしのころは、どんなことだって、りくつじゃ片づかないってことがだれにもわかっていたのさ。」という(3番めの話「ランツフ」)
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。
親と子の本棚の記事一覧はこちら