出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。
今月のテーマは【心に、いも判!】です。
土曜日の夜から月曜日まで
『しかたなし日記』より
表紙を開き、見返しもめくると、いきなり、女の子と男の子がさけんでいる絵があらわれる。――「エーッ 明日ディズニー行かないの⁉」いそいで、ページをめくると、「土曜日の夜。なこちゃんは、いすから立ちあがりました。ディズニーランドに着ていくはずだった、お気に入りのTシャツとスカートが、ハンガーでゆれています。「しかたないでしょう、おとうさん、お仕事になっちゃったんだから」」
市川宣子『しかたなし日記』(絵は堀川真)のはじまりだ。おかあさんのことばに怒った弟のあっくんが、けりあげたいすが、たんすに当たって、なこちゃんの鏡が落ちた。なこちゃんは、散らばったかけらを自分でそうじしなければならなくなる。そのかわりに、日曜日のショッピングモールで、おかあさんが「ま、このくらいはしかたないわね」といって、期間限定のいちごパフェ(1000円)を食べたのだけれど。
月曜日の朝、登校の途中で話を聞いたゆうちゃんが「あれ食べたなら、ま、しかたないか」という。すると、こうくんが「なにが?」と聞き返して、「なにが『しかたない』のかなあって」という。その日の放課後、ゆうちゃんは、『しかたない』って、ほんとになんだろな? って思ったの。」といい出して、算数のノートを後ろからめくる。なこちゃんと、こうくんが、のぞきこむと、「きょう、しかたなかったこと」が書かれている。
①1時間目国語の音読あてられた→しかたない
②3時間目算数ドリルわすれた。きのうちゃんと宿題やったのに!→しかたない
③となりのかつやが「ほんとはやってないんだろ」ってヒソヒソ言ってきたけど、やってあるってしょうめいできない。→しかたない
④きゅうしょくがまーぼー春雨だった→しかたない
「しかたないはんこ」
「きょう、しかたなかったこと」は、⑦までつづく。⑦は、「図工の時間、あやちゃんのマーカーが服についた。あやまってくれたから、しかたない?→しかたない」。ピンクのワンピ―スは、ゆうちゃんのお気に入りだった。「……あのさ、あのワンピにマーカーのしみがついて、ほんとはなぐりそうだった……」「でも日記に書かなくちゃって思って、これは『しかたない』なのかな? ちがうかな? って考えて、『しかたない』だな、って決めたら、心が軽くなったっていうか……」――ゆうちゃんは、算数のノートを『しかたない日記』と呼んだ。「ばーんっと、『しかたない』ってはんこをおしちゃったみたいな気持ち。」
それを聞いたこうくんが急に目をかがやかせて、冷蔵庫の野菜室から出してきたのは、さつまいもだ。保育園のときから工作の得意なこうくんは、さつまいもの断面に彫刻刀で文字を彫り出す。いも判にピンクの絵の具をぬって、ちらしの裏に押した。――「しかたなし」
工藤純子『いいたいことがありすぎます!』のりんも、心に「しかたないはんこ」を押しつづけていたのかもしれない。
学童のりんの班には、5年生のほのかちゃん、3年生のあつしくん、1年生のひろきくんがいる。教室でもとなりの席のひろきくんは、りんのことを「りんりん」と呼ぶ。鈴みたいで、ちょっといやだけど、りんは、だまっている。
学童の班でばばぬきをしているとき、ひろきくんが、りんから、ばばを引いてしまう。「わー! たんま、たんま! 今の なし!」――ひろきくんは、りんにカードを返そうとする。「ずるいよ!」と思うけれど、りんは、だまっている。ほのかちゃんと、あつしくんがたしなめるが……。
すると、ひろきくんは ひっくりかえった カブトムシみたいに、足を ばたばたさせます。
「やだ、やだ、やだー!」って おおさわぎ。
それで、ほのかちゃんが、「はばぬき、やめようか」って いいました。
りんは、やっぱり 何も いえません。
何か いおうと すると、のどの おくで ことばが 石みたいに かたく なって、つっかえてしまうのです。
班ごとに別々のおやつを作る日、あつしくんが代表して、くじを引いて、サンドイッチを作ることになる。このときも、ひろきくんが「サンドイッチなんて、ぜんぜん おやつじゃない!」「おれも、パフェが いい!」と文句をいう。そして、りんには、「りんりん、いいたいことを がまんしてたら、貝に なるぞ!」「口が 貝みたいに とじちゃうんだぞ」というのだ。
毎日読む本
『しかたなし日記』のなこちゃんも、こうくんも、ゆうちゃんにならって、日記をつけはじめる。日記は毎日書くものだけれど、パベル・シュルット『ベルンカとやしの実じいさん 366日のおはなし』は毎日読む本だ。1月から、月ごとの章になっている。1月の1の見出しは「1月1日」、「ベルンカは、チェコのプラハという町にくらす、6さいの女の子。」と書き出される。
今月ご紹介した本
『しかたなし日記』
市川宣子 作、堀川 真 絵
童心社、2026年
なこちゃんと、ゆうちゃんと、こうくんは、「しかたない」と「しかたなくない」について、いろいろな例で話し合う。こうくんは、近ごろ、このことについて考えていたようだ。こうくんは、書きかけの日記を見せる。もう、消しゴムで作った簡単版の「し」のはんこが押してある行もある。――「おかんのけんさけっか×だったことし にゅういんしてしゅじゅつすることし 飛行機に、のっておばあさん、がくる、こと」こうくんのシングルマザーのおかあさんが病気なのだ。
急に大人のことばで書くけれど、子どもは大人の経済的基盤のもとで暮らしているから、大人の事情に振りまわされて、さまざまな「しかたない」状況におちいる。子どもたちは、現実との「折り合い」をさがしていく。
『いいたいことがありすぎます!』 
工藤 純子・作、武田 美穂・絵
金の星社、2026年
りんは、いつも、しかたないと思ってしまう。いいたいことをいう、ひろきくんが、少しだけだけれど、うらやましい。
おいしそうなサンドイッチが出来上がったとき、学童に、りんのおかあさんが飛び込んでくる。――「きょう、歯医者さんに 行く 日だったの!」予約をわすれていたという。いますぐ行かないと間に合わないという。とうとう、りんの貝みたいだった口がぱっかんと開く。
『ベルンカとやしの実じいさん 366日のおはなし』上 1月から6月のまき、下 7月から12月のまき
文 パベル・シュルット、絵 ガリーナ・ミクリーノワ、訳 大沼有子
福音館書店、2015年
ベルンカといっしょにいるのは、やしの実のぼうしをかぶった小さな小さなおじいさん。このあいだのクリスマスに届いた小包に入っていたのだ。おじいさんは、南の島のハイチの郵便局で自分でたのんで送ってもらったという。
毎日の小さな話をどんどん読んでしまってはいけない。できれば、毎日一つずつ。きのう読んだのと、きょう読むあいだの時間が、お話の世界をふくらませる。最後は、翌年の元旦の話だ。
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。
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