五人姉弟を巻き込むひと夏のミステリー

5人姉弟は、16歳の長女ジョスを筆頭に、主人公で語り手でもあるセシル13歳、三女ヘスター10歳、長男ウィル7歳、そして末っ娘ヴィッキー4歳。「フランスで過ごしたあの暑い八月、私たちはすももを食べすぎて何度も具合が悪くなった。」の一文から始まる物語は、初めて訪れた土地の言葉や、目に飛び込んできた珍しい景色、音や匂いまでを人並みならぬ描写力で綴ります。古い建物や果樹園がどれほど美しかったか、夏のホテルの活気に満ちた空気は開放的で、どれほど好奇心を刺激されたか……。そして、13歳のセシルの視線は、ホテルで働く人々や宿泊客たちにも注がれ、その相関関係に興味をいだくようになります。
姉弟と初めて顔を合わせた経営者のマドモアゼル・ジジは、薄く透ける黒いドレスを身に着け、真っ赤なルージュをひき、ホール全体に立ち込めるほどの強い香水をまとっていました。けれども、ゴージャスな身なりの彼女より、姉弟たちの目を引きつけたのは、彼女の隣に立つイギリス人の青年エリオットでした。姉弟はそろって、背のスラリと高い謎めいた魅力をもつエリオットを慕うようになるのです。他にも、融通の利かない総支配人のマダム・コルベや、セシルとつかみ合いのケンカをした後、親しくなったボーイのポール、シェフや画家など、“こんな人”と端的には言い表せないくせのある人々との交流が始まります。
「〈レ・ゾイエ〉に来てから、見たいと思わなくても、人の心がずいぶん奥まで見えるようになった」とセシルは感じます。そして、「自分のことしか考えていない」と母から叱られた、悩み知らずのかつての自分を懐かしく思い出すのでした。
人の心の裏が見えるようになってしまったみたいで、「いい人間なんてひとりもいないのね」と、私はみじめな気持ちで言った。
著者によるあとがきには、この物語が事実に基づいて書かれたと記されていて驚きますが(物語は後半、思いがけないサスペンスドラマへと変貌するからです)、なるほど、だとすれば、語り手のセシルは作者ルーマー・ゴッデン自身というわけですから、対象となる人物の容姿やクセ、アイデンティティまでを表出させた鋭い観察眼にも納得です。5人姉弟は個性的に書き分けられ、それぞれの年齢や性格によって、ひとつのできごとをどう把握したかに違いが現れます。どの子もおもしろく魅力的です。姉弟とはいえ、決して声はひとつにはならず、てんでバラバラに不協和音を響かせているようでいて、ある重大事件の解決にむけては緩やかに連帯するのです。ミステリーの様相を呈する後半では、物語のテンポも速まって、長女ジョスの美貌が周囲を惑わせたり、気まぐれなエリオットに疑念を抱かざるを得なかったり、シャンパーニュ地方の輝かしい夏の、まさにダークサイドとも言える迫真の場面が続きます。
未完成の問いのなかに生きているセシルの視点を通して語られるエピソードの数々。10代のお子さまにおすすめしますが、もちろん大人の読者にも手にとっていただきたい、ルーマー・ゴッデン初期の長編です。
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。