出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。
今月のテーマは【ねこの名前】です。
ねこと転校生
『ぼくのねこ ポー』より
放課後クラブからの かえり道、白い 家の かどを まがったところに、あのねこが いた。
しましまもようの ねこが、へいの 上に、せなかを 丸めて ねている。
岩瀬成子『ぼくのねこ ポー』の書き出しだ。
翌朝、ねこは、郵便ポストのそばにいた。「ぼく」は、ねこの頭をなでてから学校に行った。帰り道、ねこは、また、へいの上にいた。「ぼく」は、「のらねこ?」「すてねこ?」とたずねる。「つれてかえりたいな。」――でも、おかあさんが何というか、わからない。そのとき、雨がふりはじめて、ねこがびしょぬれになってしまうと思った「ぼく」は、両手をのばして、ねこをだきとる。――「ぼくんちの ねこに なってよ」
ねこは、「ぼく」のうちで飼うことになる。おかあさんが、ねこをかわいそうに思うような、うそをついたけれど。ねこの名前は「ポー」だ。
「ぼく」のクラスに森くんという子が転校してきて、「ぼく」のななめ後ろの席になった。
おわりの会のあと、「ぼく」は、森くんといっしょに教室を出る。森くんの家は、ひつじクリーニングの近くだというから、「ぼく」のうちにも近い。おとつい、引っこしてきた。「なん人かぞく?」「パパと、ママと、いもうとと、ぼく。それから ねこ」――森くんは、つらそうな顔で「だけど、ねこがね、いなくなっちゃったんだよ」という。
親分とルノアールちゃん
古都こいと『きさらぎさんちは今日もお天気』の「オレ」(小学6年生の青葉)と、末っ子で保育園の年長組の碧は、土曜日の午後、いなくなったねこをさがしにいく。――「絶対、親分を見つけるぞ!」ねこの名前は親分、星乃森商店街公認の地域ねこだ。3日に一度、「オレ」たちの家にごはんを食べに来るのだけれど、2週間ほど前に碧がひどいことをいったせいなのか、すがたを見せない。「そういえば、最近見てないね」――どの店でも、そういわれる。
いなくなった晩、親分は、「ねどこにしている家のおばあさんの具合が悪いんだ。心配だから、しばらくはそっちにとまるわ」といったらしい。それを引き止めた碧とけんかになったのだ。碧は、親友である親分のねこ語がわかるようだ。川のところのオレンジ色の家のおばあさんだともいったという。兄弟と、それにくわわった青葉の親友、伊吹の3人は、「安西」という表札のその家をさがしあてる。
すずしげなワンピースを着た、銀髪のおかっぱ頭のおばあさんが出てきた。
「こ、こんにちは。オレ……、じゃなくてぼくたち、ねこを探してて……」
「親分っていうの。ぼくの親友なんだよ」
「トラがらの、ぽっちゃりしたねこです。ふてぶてしい顔つきだけど、人には慣れています」
碧と伊吹も言ってくれた。
おばあさん――安西さんは考えるように首をかしげた。
「きっと、ルノアールちゃんだわ」
安西さんが見せてくれた写真のねこは、まさに親分だった。親分は、かぜを引いた安西さんがひとりで寝込んでいた先週まで、その家にいてくれた。でも、かぜが治ったら、また、ふらっと出て行ったという。
月曜日に見つけたばけつ
「きつねの こが まるきばしの たもとで、きいろい ばけつを みつけました。/「だれのだろう」」――もりやま みやこ『きいろい ばけつ』のはじめの章「げつようび」のはじまりである。これは、大切なねこの話ではなくて、かけがえのない、ばけつの話だ。
きつねのこが、ばけつを真上から見おろすと、中に少しだけ水が入っている。水に顔が写る。ばけつのどこにも名前は書いてない。きつねのこは、前から、こんなばけつがほしかったのだ。
きつねのこは、うさぎのこと、くまのこに急いで相談する。片手でばけつをさげた、きつねのこに、うさぎのこが「ずっと まえから、きつねちゃんの だった みたいね。」という。
「もし、だれも とりに こなくて、ずっと そこに おきっぱなしだったら、きつねくんのに したら。」――くまのこが提案する。ずっとというのは、いつまでか。あした、あさって、しあさって……きつねのこは、つぎの月曜日まで1週間待つことにする。
今月ご紹介した本
『ぼくのねこ ポー』 
岩瀬成子 作、松成真理子 絵
PHP研究所、2024年
森くんのねこは、トムという名前で、去年の誕生日にパパがプレゼントしてくれた。「ぼく」は、森くんとあまり話さなくなる。いなくなったねこの話を聞きたくないのだ。家に帰った「ぼく」は、ポーをだきかかえて、「ポーは、ぼくの ポーだよね」という。
『きさらぎさんちは今日もお天気』
古都こいと 作、酒井 以 絵
Gakken、2024年
如月さんちは、商店街で開業している鍼灸院だ。3年前に事故で母さんをうしなった家族、鍼灸師のオヤジと3人の異父兄弟が、お互いのきずなを確かめていく全4話である。「印堂」「大陵」といった鍼灸のツボがもち出されることによって、登場人物の「心」が「身体」のこととして語られていく。
紹介したのは、第3話「七月 うちの親分知りませんか?」。3人がさらにさがしていくと、親分は、伊集院くんという名前でも呼ばれているという手がかりを得る。
第32回小川未明文学賞大賞受賞作品。
『きいろい ばけつ』 
もりやま みやこ 作、つちだ よしはる 絵
あかね書房、1985年
きつねのこは、火曜日も水曜日も、何度もまるきばしのところへ行って、黄色いばけつがそこにあることを確かめる。草原にすわって、うっとり黄色いばけつをながめたり、ばけつの横で丸くなって、うたたねをしたり。――「げつようびまで あると いいんだけど。」
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。
「親と子の本棚」の記事一覧はこちら