おばあちゃんの「戦争」、あるいは、「記憶」の現在形

出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。 
今月のテーマは【おばあちゃんの「戦争」、あるいは、「記憶」の現在形】です。

 

『やくそく ぼくらはぜったい戦争しない』中面画像
那須正幹・武田美穂/ポプラ社
『やくそく ぼくらはぜったい戦争しない』より

(あさ)学校(がっこう)へいくとき、ばあちゃんがいう。
「にいちゃん、いってらっしゃい」
ぼくはひとりっ()だから、(おとうと)(いもうと)もいない。

 

「ぼくは、ケンちゃんのつくった(かみ)さまなんだよ。(中略)ねえ、ケンちゃん。もう、ぼくは、いなくなったほうがいいのかなあ。ケンちゃんは、むかしみたいに、戦争(せんそう)がきらいじゃないみたいだからね」

 

「あの (いぬ)が、どうかしたの?」
おばあちゃんは、うなずきました。
「おもいだしたのよ。ずうっと むかしの ことをね」
「ずうっと むかしって?」
「わたしが クミちゃんより、もっと ちいさかった ときのこと」
ながれの おそい (かわ)が、まぶしく きらきらと ひかりました。

さくらの咲く土手に急に黒い犬が走ってきて、おばあちゃんが敗戦後の大連でクロと別れた「記憶」が現在のものとしてあらわれたにちがいない。

 


 

『やくそく ぼくらはぜったい戦争しない』書影

『やくそく ぼくらはぜったい戦争しない』
那須正幹 さく、武田美穂 え 
ポプラ社、2025年 
絵本のテキストは、那須正幹が、2013年ごろ、広島の被爆70年にあわせて依頼された歌詞として書かれた二つの作品の一つ。「ばあちゃんの詩」という原題のこれは、物語性が強かったために採用されず、もう一つが合唱曲として作曲された。2021年に那須さんが亡くなったあと、「ばあちゃんの詩」の絵本化が考えられた。
那須正幹は、1942年、広島市生まれ。3歳のとき、爆心から約3キロの自宅で被爆する。絵本の巻末には、那須が、戦争と平和について、子どもにむけて書いたエッセイ「なぜ日本は平和なのか」(1990年)が再録されている。

 

『ねんどの神さま』書影

『ねんどの神さま』
那須正幹・作、武田美穂・絵 
ポプラ社、1992年 
武田美穂さんは、『ねんどの神さま』の結末を「シニカル」という(武田のエッセイ「平和への希望 やわらかく」、『しんぶん赤旗』2025年4月14日)。『ねんどの神さま』は「シニカルなラストに向かってガツガツと力んで線を引き、色を盛」ったが、『やくそく』は対照的に「やわらかみやゆらぎの残る線をさがし、鉛筆描きにしました。」とも書いている。

 

『さくらが さいた』書影

『さくらが さいた』
あまんきみこ 作、鎌田暢子 絵 
文研出版、2025年 
あまんきみこの「あとがき」には、つぎのようにある。――「その(犬との―宮川注)「別れ」を書きだしてから、もう30年以上も過ぎてしまいました。書いたり、消したり、また書いたり消したり(中略)今、ふりかえると、そうした長い時間が、私にとって必要だった気がしてなりません。」絵本のおばあちゃんと同じように、大連から引揚げた作者のなかで、「記憶」が繰り返し反芻されたことがわかる。

 

宮川先生プロフィール写真

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)


1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

 

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