正義のみかた たこのエミールくん

文化出版局
さて、今回の主役はタコです。無理解な人は登場せず、ひょうひょうとした明るさを維持したままお話は進行します。藍色を背景に、黄緑に蛍光する頭の大きなタコが腕組みをしている表紙。8本の足のうち2本を組み、残りの6本はゆるくなびかせています。ウンゲラーは、暗色を美しく使うアーティストです。漆黒や濃紺といった、子どものために創られた本には珍しい色の表紙は、図書館や書店でかえって目を引きます。こっくりと深い色のなかで、主人公の堂々たる存在感(愛らしかったり、不気味だったり、滑稽だったり)が際立ち、つい手にとってしまうのです。
『EMILE』(『エミールくんがんばる』の原著)の初版は1960年ですが、体裁もテキストも、もちろん絵も、ちっとも古びていません。タコのエミールくんが、その後、会心の友となるサモファ船長と初めて出会う場面で、船長が身につけているヘルメット式潜水服にだって、アンティークらしいスタイルの良さを感じます。
エミールくんは、タコの造形を存分に活かした、さもありなんの活躍を見せてくれます。楽器が得意なのは当たり前、8本の足を鍵盤の上でくねらせたり、はたまた、ハープやビオラなどの弦楽器を奏でながら、残りの2本の足でドラムを操ったりできます。海で溺れた子ども4人を足にからませ、一斉に助けたりも。極めつけは、警察が取り逃がした船上の悪者を、足に巻きつけながら船を操縦し帰港した(8本足のタコだからこその)妙技です。ただし、私が一番感心したのは、エミールが8本の足1本ずつにシャンパングラスをもち、複数の着飾った人々と同時に乾杯している場面でしたが。
お話は、やはりヘビの特性がおかしみを持って描かれる『ヘビのクリクター』に似ていて、しゃれた楽しさにあふれています。ヘビもタコも、実物はあまりかわいいとは思えないし、愛されるキャラクターに仕立てるのは大変そうです。そんな主人公の、奇異ながらもめっぽうチャーミングな仕草やポーズを言葉では説明せず、絵に語らせるのは、ウンゲラーの作品の特徴といえるでしょう。
20世紀最大の絵本作家と称されるモーリス・センダックは、ウンゲラーの作品について、「彼のアイディアは表面的なものをすべて取り除いて凝縮してありますから、結果として、言葉と絵とが堂々と力強く手を結んだものになるのです」(『センダックの絵本論』より)と評しています。「凝縮」という表現に、なるほどな……と感じます。もっと詳細に、もっとユーモアを全面に押し出して、もっと主人公に語らせてもよかったかもしれないのに、その一歩を踏みとどまったために生まれた、絵本全体を統べる自由自在なイメージ。都会的でさっぱりとあか抜けています。なんとも人を喰ったようなストーリーのなかで、ほのぼのと温かなエピソードが心に残るのも軽妙です。今回の絵本では、タコのエミールとサモファ船長の間で育まれる友情が、ふっくらとした余韻となって残りました。
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。