「文化」と「戦争」

出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。 
今月のテーマは【「文化」と「戦争」】です。

 

『シリアの秘密の図書館』中面画像
『シリアの秘密の図書館』より

はじめての集会(しゅうかい)をひらく()(あさ)、ヌールは、(まち)(うえ)旋回(せんかい)する飛行機(ひこうき)(おと)()をさましました。
すると、しばらくして、砲弾(ほうだん)爆発(ばくはつ)する(おと)がひびき、(まど)ガラスがガタガタゆれました。
「なにがはじまったの?」ヌールは大声(おおごえ)でたずねました。
(まち)(そと)でおきていた戦闘(せんとう)が、このあたりまで(ひろ)がってきたらしいわ」
ママはそういうと、(まど)ごしに(そら)()あげました。

 

(とも)だちといっしょにあつめはじめたんだけど、どうしたらいいかわからなくてさ」アミールは(こた)えました。
「ねえ、秘密(ひみつ)図書館(としょかん)(つく)らない?」ヌールは(こえ)をひそめていいました。
「だれでも(ほん)()りたり、
()んだりできる読書(どくしょ)クラブを(つく)れないかな」

 

 アーヤは耳をすませた。
 どこか(かべ)のむこうから、音楽がただよってくる。それに、女の人の声も。
「一、二……ポール・ド・ブラ……(うで)を上げて……三、四……()すじをまっすぐ……そう!……五、六……のびて……」
 ピアノの音が、ぽつり、ぽつりとしたたりおちて、アーヤの手足にしみこんでいく。

 


 

『シリアの秘密の図書館』書影

『シリアの秘密の図書館』
作 ワファー・タルノーフスカ、絵 ヴァリ・ミンツィ、訳 原田 勝 
くもん出版、2025年 
アミールとヌールは、半分こわれたビルのからっぽの地下室を見つけて、少しずつ本をもっていく。本棚を作り、いすも運び込む。こうしてできた地下図書館は、「アル=ファジュル」と名づけられる。アラビア語で「夜明け」という意味だ。

 

『目で見る世界の国々61  シリア』書影

『目で見る世界の国々61 シリア』
ダン・フィルビン 著、石浜みかる 訳 
国土社、2002年 
「国土」「歴史と政治」「人びとのくらしと文化」「経済」の四つの章で構成され、たくさんの写真がのっている。
この本は、現在、手に入らない。図書館でさがしてください。

 

『シリアからきたバレリーナ』書影

『シリアからきたバレリーナ』
キャサリン・ブルートン=作、尾崎愛子=訳、平澤朋子=絵 
偕成社、2022年 
アーヤたちは、「庇護申請」をして「難民」として認められたいのだけれど、なかなか手続きがうまくいかない。そのあいだに、アーヤは、難民支援センターの2階のバレエ教室に招き込まれる。アーヤの左のふくらはぎには、生々しい傷あとがある。アレッポで、砲弾の破片で傷つけられたのだ。それを見たバレエ教室のミス・ヘレナが「わたしたちは、誇りをもって傷をまとうの」「傷には、わたしたちが苦しんで、それをのりこえてきた歴史がこめられているからよ。」という。ミス・ヘレナは、第2次世界大戦の前夜に、プラハからイギリスにやってきたユダヤ人の難民だった。
物語のなかで、バレエという「文化」が「戦争」と対峙していく。内戦のなかで、図書館が大きな意味をもっていったように。「文化と戦争」は、『シリアの秘密の図書館』の巻末にある、作者のことばの見出しの一つだ。――「本を読むとき、わたしたちは、他人の目を通して世界を見ることになります。そして、さまざまなちがいは小さく感じられ、戦争の原因になった対立は解消するかもしれません。」

 

宮川先生プロフィール写真

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)


1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

 

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