「わたし」が語るちいちゃい妹のはなし

ずっとまえ、わたしが小さかったとき、わたしよりもっと小さいいもうとがいました。ちいちゃいいもうとは、目が茶色で、かみの毛は赤くて、鼻がすこしピンク色で、とてもとてもきかんぼでした。
最初のおはなし「おさかなとり」は、こんなふうに始まりますが、収められた10話ほぼ全てが、小さかった「わたし」と、わたしよりもっと小さかった「いもうと」のおはなし、という導入で始まります。イギリスのBBC放送で語られたおはなしを本にしたそうですから、聞き手の子どもたちへの呼びかけでもあったのでしょう。短いセンテンスで具体的に綴られるストーリーは、なるほど声に出して読むのに適しているかもしれません。
「わたし」の妖精のお人形を窓から外に投げたり、サンタ・クロースのおじいさんの手にかみついたり、「きかんぼ」を地でいく「ちいちゃいいもうと」のエピソードを紹介しつつ、愛情深く「いもうと」を見守る「わたし」。そして、どんぐりから生えた小さな木の芽の成長を願って広い公園に植え替えたり(どんぐりが出芽したときは、「おどったりはねたり」して体中で喜びを表す「いもうと」なのです)、お隣のジョーンズおじさんのために時間をかけてきれいなえりまきを編んだりといった「いもうと」の優しさも、穏やかに誇らかに伝えます。大人の読者は、見過ごしてしまいそうな出来事のなかに、実は幼い人たちにとって決して譲れない大事なものが混在していることを思い出すかもしれません。「いまでは大きいおとなになった、わたしのきかんぼのいもうと」という記述もありますから、かつて大事していたものを再び掌中にのせ、心をこめて語っている本なのでしょう。
「私なら、(こんな妹がいたら)ちょっとイヤかなぁ…」遠慮がちにこんな感想をもらした小学生の女の子もいましたが、語り手の「わたし」だって、「いもうと」の型破りな奔放さにちょっと不安になったり、ときには泣かされたりもします。それでも、おねえさんの「わたし」は、「いもうと」と小さな冒険を共にしながら、自由の晴れがましさと難しさを体験しているのです。
シリーズは全3冊。シリーズ全編をとおして、「わたし」も、無敵な「ちいちゃいいもうと」も、端的に肯定された続きの世界を生きています。きっと、大人になるまでに、彼女たちの心はどんどん丈夫になって、思い出を綴る成長した「わたし」を、幼き頃の鮮やかな記憶が励ましているのだろうな、と想像するのです。
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。