『クリスマスのうさぎさん』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

 

ウィルとニコラス さく・え/わたなべ しげお やく/福音館書店

作者ウィルとニコラスの2人は、1952年に“Finders Keepers”(『みつけたものと さわったもの』)でコールデコット賞を受けています。“Finders Keepers”も、文章は余計な説明をせず、そのぶん絵が多くを表現しているのですが、大胆な構図とユニークに描き分けられた個性的(すぎる?!)登場人物たちに目を奪われます。使われているのは、黄土色、赤、黒の3色のみ。思わぬアクシデントを繰り返すストーリーを、画面いっぱいの絵が隅々までにぎやかに盛り上げています。

『クリスマスのうさぎさん』がアメリカで出版されたのは、コールデコット賞を受賞した翌年、1953年です。表紙を見ると、黃、赤、緑といった原色が使われ、特に、背景に塗られた黄色がクリスマスの華やぎを伝えているように感じます。そして、見返しは、冬の冷たさを表しているのでしょうか、一面のブルーです。9羽のうさぎが、まるでトランポリンで跳ねているみたいに空中を舞い飛ぶ傍らで、主人公の男の子デービーもミトンをはめた両手を上げてうれしそうです。もう1枚めくるとモノクロのページで、題名の下に、大きな目、長く整った耳とヒゲのうさぎが、肖像画のように真正面からこちらをじっと見つめています。「うさぎさん」と敬称を付けて呼ばれているのです、物語のなかでも殊に大切な存在なのだとわかります。

本文は、鮮やかな原色で塗られたページと、黒と白のページが交互に置かれ、それが絵本に一定のリズムを生み出しています。短編映画のように、少し距離をとって全体像を見せたかと思えば、グーッとカメラを寄せて登場人物(動物)たちのアップを描くのですが、クローズアップされると、「えっ?こんな表情だったの?!」と戸惑うほどファンシーな彼らの素顔が見られるのも愉快です。丁寧に絵を観察すれば、動物たちの仕草や木の奔放な枝ぶりが余すところ無くおもしろいのに、鹿の背に乗りデービーが家路につく見開きの場面など、単体を際立たせた密度の濃い絵もあります。

動物たちのなかで、やはり、うさぎはスペシャルな存在です。デービーが出会う場面では、他の動物たちはさらりと紹介するのみなのに、うさぎだけは例外で、ふさふさとやわらかな毛並みと、はずかしそうに鼻をピクピクさせた魅力的な素振りに触れています。『ビロードうさぎ』(マージェリィ・ウィリアムズ作)や『もりのなか』(マリー・ホール・エッツ作)でも、うさぎは主人公から格別に愛される存在として語られていました。物言わぬ生き物のなかにあっても、ひときわ無垢でいとけなく、時に正直さの象徴として登場するうさぎ。原題は“THE CHRISTMAS BUNNY”。『クリスマスのうさぎさん』――敬意と親しみがこめられた邦題が素敵だな、と感じました。

 

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

 

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