出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。
今月のテーマは【「うそ」と「ほら」のあいだ】です。
うそばかりつく子
『ほらふきのちゃんはうそつき』より
「あのな、ぼくらの ともだちにな、めっちゃ うそばっかり つく こ おんねん。がっこうでも、ほうかごの こうえんでも、いっつも うそばっかり ついてんねん。」――加瀬健太郎・横山寛多の絵童話『ほらふきのちゃんはうそつき』の「まえがき」だ。――「え? うそばっかり つくから きらわれてるかって? ぜんっぜん、ぜんっぜん。みんな めっちゃ すきやで。」
「まえがき」のあとには18の短い話があるのだけれど、最初の話は、「ほら ふきの」。「まえがき」を語った男の子が語りつづける。――「あのな、そのこの なまえな、「ほら ふきの」っていうねん。うそみたいな なまえやろ?」そして、国語の時間にふきのちゃんが書いた作文が披露される。題は、「わたしの おばあちゃん」だ。
わたしの おばあちゃんは、すっごく さむいところに すんでいます。
どんなに さむいかと いうと、クーラーを つけると、へやが あったかくなるぐらい さむい ところです。
はいた いきは、さむさで こおりに なるし、しゃべった ことばは、シャーベットに なります。キザな ひとが「あいしてるよ」と さけぶと、アイスクリームに なります。すっごく あまいらしいです。
作文はまだつづくのだが、これは、もしかしたら、「うそ」ではなくて、「ほら」ではないか。『ほらふきのちゃんはうそつき』というタイトルには、「うそ」も「ほら」も入っている。小学生むきの国語辞典で、「うそ」と「ほら」を引いてみる。
うそ ほんとうでないこと。いつわり。
ほら 大げさに言うこと。でたらめ。
(田近洵一監修『例解小学国語辞典』第八版、三省堂、2024年)
二つの区別がすぐにつかないが、ふきのちゃんの大げさな作文は、やはり、「ほら」だろう。「うそ」のほうには、対義語として「本当」「誠」があがっている。
2番めの話「やわらかい いし」は、「うそ」かもしれない。ふきのちゃんが、口をくちゃくちゃさせながら、公園へやってくる。「なんか たべてんの?」「いし たべてんねん」――この話のおしまいで、ふきのちゃんは、噛んでいた石を風船みたいにぷーっとふくらませる。「いし たべてんねん」ということばには、ガムを嚙んでいるという「本当」がかくれている。だから、これは、「うそ」にちがいない。
長すぎる名前
斉藤洋・高畠純の絵本『ほらふきカールおじさん ロシアのたび』の表紙には、馬にまたがって、雪のなかを進む男性が描かれている。とびらにも、男性は、馬にまたがったまま登場する。吹き出しがあって、男性は、「わたしはカール・フリドリッヒ・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼンだんしゃくだ。」といっている。長すぎる名前の彼は、この絵本ではカールおじさんと呼ばれるが、ドイツ文学の世界では有名な「ほらふき男爵」である。
『ロシアのたび』では、朝から雪がふりつづく。夕方には町に着くはずなのに、どこにも見えない。カールおじさんは、雪のなかに立っている十字の杭に馬をつないで、毛布にくるまって、馬のおなかの下でねてしまう。おじさんは、とても疲れていたのだ。
翌日の昼ごろまで眠っていたが、まわりがさわがしい。目をさますと、ものすごくいい天気で、雪も全部とけていた。馬の声が高いところから聞こえてくる。――「ヒヒヒーン!」雪のなかで馬をつないだのは教会の塔のてっぺんの十字架で、雪がとけてしまったから、馬は、屋根からぶらさがっている。
そこで、ほらふきカールおじさんは うまの たづなに むけて、ピストルを ズドンと いっぱつ!
たまは、たづなに めいちゅう!
おちて くる うまを ほらふきカールおじさんは だきとめました。そして、かすりきずひとつ ない うまに またがり、その まま たびを つづけたって いうんだけど、ほんとかなあ……。
「うそ」にかくれた「本当」
カールおじさんの話は、ほらふきのちゃんも顔色をうしなう壮大な「ほら」だが、マーシー・キャンベルとコリーナ・ルーケンの絵本は『エイドリアンはぜったいウソをついている』だ。
クラスのエイドリアンは、いつも、ぼんやり考えている。そして、「うちには 馬がいるんだよ」といいふらす。「へえ」って聞く子もいるけれど、「わたし」は信じない。ここは、ふつうの町で、町に馬がいるわけない。馬がいたら、お金がかかるから、靴にあながあいているエイドリアンには絶対無理だ。それでも、エイドリアンは、「すごく きれいな馬なんだ。……」と話す。「わたし」は、「それ ウソだよ!」ともいったのだ。エイドリアンのことばに、かくれているものは何か。
今月ご紹介した本
『ほらふきのちゃんはうそつき』 
作 加瀬健太郎、絵 横山寛多
偕成社、2025年
「うそ」と「ほら」を引いた『例解小学国語辞典』第八版には、「読書」という項目もある。その「読書」の項目のある、つぎのページから6ページにわたって、小学生のための読書案内が掲載されている。「おなかがすいたきみに」「思いきり笑いたいきみに」など、六つのテーマで、各ページ、低学年むき、中学年むき、高学年むきのそれぞれ3冊を表紙の写真と短い説明で紹介している。1ページに9冊だから、全部で54冊。読書案内をつくったのは私だ。ほんとうだよ。よかったら、この「親と子の本棚」とあわせて、活用してください。
『ほらふきカールおじさん ロシアのたび』 
文/斉藤 洋、絵/高畠 純
講談社、2020年
ミュンヒハウゼン男爵は、18世紀のドイツに実在した人物で、彼の体験談がふくらまされて、ほら話になったようだ。やがて、何人かの作者によって、彼と関係のない話も、「ほらふき男爵」の話として語られるようになる。偕成社文庫版『ほらふき男爵の冒険』(ミュンヒハウゼン作、高橋健二訳、1983年)などで、一通り読むことができる。
この絵本には、続編『ほらふきカールおじさん トルコへいく』(2021年)がある。
『エイドリアンはぜったいウソをついている』
マーシー・キャンベル 文、コリーナ・ルーケン 絵、服部雄一郎 訳
岩波書店、2021年
「わたし」がエイドリアンのことを母さんに話すと、母さんは、「でも どうして ウソって わかるの?」という。「わたし」とふたりで犬のガブガブを散歩させているとき、母さんは、どんどんエイドリアンの家のほうに行く。エイドリアンは、小さな家で暮らしていた。エイドリアンとむかいあったとき、「わたし」は、ことばを飲み込む。やがて、いう。――「馬は とおくにいるんでしょ?」「わたし」は、エイドリアンの想像を自分のものにして、「うそ」にかくれていた「本当」に出会う。
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。
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