『ロッタちゃんのひっこし』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

 

アストリッド・リンドグレーン 作/イロン・ヴィークランド  絵/山室 静 訳/偕成社

5歳のロッタは、「あたい、ひっこした かみくずかご のぞいてみな」という書き置きを残してバムセとともに家を出ます(「バムセ」とはロッタのいちばん大事なぶたのぬいぐるみです。もっともロッタは「ほんもののくま」だと思いこんでいましたが)。「かみくずかご」の中には、切り裂かれたセーターが無残に突っ込まれていました。ロッタの大嫌いな、あの「チクチクする」しまもようのセーターです。運良く、隣に住むベルイおばさんのものおきの二階を貸してもらえることになったロッタは、兄さん姉さんに見せつけたい思いも手伝って、実にかいがいしく準備を始めるのでしたが……。

わたしがこの物語を好きなのは、ロッタが“家出”ではなく“引っ越し”を試みたところに幼い人特有のしなやかな想像力を見るからです。その想像力には、目の前の困難すら突破できるほどのエネルギーが横溢しています。感受性のかたまりのような主人公は、傷ついても、もちろん幼さ故にその理由には言及できません。必然的に、自分の心の中に吹き荒れる嵐と格闘するしかありませんが、その姿は、いっぱしの小さな哲学者にも見えてきます。ロッタにとって、世界は謎で満ち満ちているはず。それでも足を踏み出さずにはいられない前向きな生命力が、彼女の全身にぎゅっと詰め込まれているのです。

ひとりきりの夜に耐えきれず、ロッタが再び自分の“本当の”家に戻ったとき、パパは、「ロッタが また、うちへ ひっこしてきたよ!」とうれしそうに言い、ママはロッタをその腕にしっかりと抱きしめてくれました。肝心のロッタはといえば、涙にむせびながらも「ママ、あたい もう いっしょう、ママと いっしょに くらすわよ。」と宣言します。この幸せな結末は、主人公の失敗の結果ではなく、彼女がこれから探求する新しい善きものへの着実な一歩なのでしょう。胸がすくようではありませんか。そうして、前へ進んでいくロッタの雄姿を祝福したい快さです。

泣きながら自分の理屈を通そうとする主人公に共感できなかったとしても、遠い場所に住む少し年下の――やっかいな――友だちみたいに、幼い読者たちに寄り添ってくれればいいなと願います。

 

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

 

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