チェコ生まれの賢いきつねくんのお話

ホモリ山のふもとの、森にかこまれた野原に、一けんの家がぽつんと立っていました。この家に森ばんのボビヌシカさんが、おくさんと、むすこのエーニク、むすめのルージェンカといっしょにくらしていました。
この後、真上にそびえていたブナの老木にちなみ、森ばんの家は「ぶなの木ごや」と呼ばれていたこと、兄妹たちは「ぶなの木ごや」での生活が何にも替え難く気に入っていること、季節ごとの森の恵み、泳いだりそり滑りをしたり、といった遊びも紹介されます。「ホモリ山」、「ボビヌシカさん」「エーニク」「ルージェンカ」といった名前、そしてその暮らしぶりが、冒頭から読者を一気に異国へと連れ出します。遠いどこかの国へと誘うような、不思議に胸躍るこのお話の導入は、幼い人たちの想像と現実の境界を溶かし、もっと知りたいという自発的な欲求を芽生えさせるでしょう。
エーニクとルージェンカのもとへやって来た子ぎつねは、はじめ、ごく普通のきつねでした。兄妹は、もちろん真っ先に子ぎつねと仲良くなり、読書好きなルージェンカは、毎日、きつねのためにお話を読んで聞かせるようになります。すると、特別に賢かったそのきつねくんは、だんだんお話の内容を把握するようになり、やがて、人間の言葉を書いたり話したりできるようになったのです。私たちが知る昔話や民話のなかで、たいていのきつねは悪役ですから、ルージェンカが読んだお話もそうだったのでしょう。きつねくんは、自分も同じようにずるく、賢くなりたいと懸命に勉強に励みます。さあ、ここから、きつねくんの快進撃が始まるのです。
チェコ出身の画家であり作家、そう聞いて思い浮かぶのは、児童書や戯曲などで有名なチャペック兄弟(ヨゼフ・チャペックとカレル・チャペック)ですが、兄のヨゼフ・チャペックは、ラダと同じ1887年に生まれています。臆せず堂々と振る舞う主人公や、くっきりした線としゃれた愛嬌のある(ボヘミア風の)絵など、楽しい共通点も見られます。以前、チェコの絵本に特化した美術展を観覧した経験がありますが、流行り廃りとは別次元の、でも、とてもかわいくて朗らか、てらいのない手彫りの人形のような作品が並んでいました。曇りのない明快なストーリーも特徴と言えるかもしれません。
このお話のきつねくんにしても、挑戦と失敗を重ねながら、誇りを持って前向きに学んでいきます。彼を囲む周囲の人間たちだって、初めは——きつねくんにしてやられて——憤っても、きつねくんの真意を理解してからは、彼の考えをきちんと尊重する度量を備えているのです。
これまで昔話や絵本に親しんでいたなら、低学年でもひとりで読めるでしょう。古い言葉(蓄音機など)に大人が少々解説を加えながら、ゆったりと楽しんでほしい1冊です。
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。