名まえのあるえんぴつたち

出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。 
今月のテーマは【名まえのあるえんぴつたち】です。

 

『ふでばこのくにの冒険 ぼくを取りもどすために』中面画像
『ふでばこのくにの冒険 ぼくを取りもどすために』より

「……どこ? ここは、どこなんだ!」――「ぼく」はさけぶ。「うるさいな。しずかにしろよ。新入りさん」といったのは、まっ黒な四角いふでばこから立ち上がった、目も口も手足もあるえんぴつだ。

「ねえ、きみ。ここはどこって、おれたちのボス、修人(しゅうと)のへやに()まってるだろ。ああ、そうか、おれたちにおどろいたのか? おれの名まえは、ピッツ。みんな、仲間(なかま)さ」
 そういって、えんぴつが、まわりを見ると、コンパスやじょうぎ、()しゴムや赤えんぴつ。そして、えんぴつけずりや()ゴムまで、ニヤニヤわらいながら、ぼくを見ていた。
「仲間……」
「そうだ。いうなれば、ここは、ふでばこのくにってとこかな。(以下略)」

修人は、「このフィギュア、ママにプレゼントしたいんだけど。」とパパにたのんだのだが、「それは、むりだよ。わかってほしい。」とことわられる。ママは、家を出て行ってしまって、いまは、新しい家族もいる。だまって部屋にもどった修人は、「ぼく」のからだに涙の雨をふらす。そのとたんに、「ぼく」の中に何かが流れ込んできた。流れ込んできたのは、修人がおさえこんでしまった、やさしい気もちだった。

 

佐藤さとる『えんぴつ太郎のぼうけん』も、名まえのあるえんぴつの話だ。

 このえんぴつは、もともと おとうさんが つかっていました。
 はんぶんぐらいになったとき、(おとこ)()が もらって つかいました。
 とても かきよい えんぴつだったので、(おとこ)()は すっかり えんぴつが ()()って、()まえを つけました。
『えんぴつ太郎(たろう)』という ()まえです。

えんぴつ太郎は、ずっと前に机のうしろに1枚だけ落ちたトランプから抜け出したジョーカーに出会う。ジョーカーの魔法で目も口も手足もあるえんぴつになった太郎は、こねこに追いかけられて、戸棚にとび込んだ。

戸棚の中には、こぶたの指人形がくたんところがっていた。男の子がほうりこんだまま忘れてしまったのだ。そのくせ、「どこへ いっちゃったのかなあ」と、ときどきさがしているという。気の毒に思ったえんぴつ太郎は、男の子に手紙を書く提案をする。こんなに短くなるまで、たくさん字を書いてきた太郎は、手紙が書けるのだ。

 

最初の話は「すきまの闇」、本棚の下に入り込んでしまった、もも色のボタンが主人公だ。昼間なのに暗い、そこには、安全ピンやクリップもいた。

四つめの話「背中あわせのともだち」には、ふでばこの中の世界が描かれる。ふでばこが閉じられた暗がりで、静かに話しはじめたのは、片方が赤、片方が青の赤青えんぴつだ。赤いほうがいう。――「異国のことばでね、赤はレッド、青はブルーというそうだよ」「そこでだ。いまから、ぼくのことをレッディ、きみのことをブルルと呼ぶことにしてはどうだろう?」

レッディは、いつも、いそがしくはたらき、ブルルは、あまり使われない。レッディは、あと何回か、けずられれば消えてしまう。ブルルは、レッディがいなくなって、青青えんぴつになっても、ふでばこの中においてもらえるだろうかと考える。

 


 

『ふでばこのくにの冒険 ぼくを取りもどすために』書影

『ふでばこのくにの冒険 ぼくを取りもどすために』
村上しいこ/作、岡本順/絵 
童心社、2024年 
何度もけずられて短くなったら、すてられるとなげく、えんぴつのピッツは、「名まえなんか、はじめっから、ないほうがましなのかもな」という。でも、修人にやさしさを取り戻させるための冒険で、ひとりぼっちになった「ぼく」は、「ピッツ、あいたいよ」「ピッツ。ぼく、がんばるから」と名まえを呼んで勇気を出す。
修人がやさしさを取り戻したとき、「ぼく」の中からやさしさは消えてしまうのか。「ぼく」は、どうなるのだろう。

 

『えんぴつ太郎のぼうけん』書影

『えんぴつ太郎のぼうけん』
佐藤さとる 作、岡本 順 絵 
鈴木出版、2015年 
『ふでばこのくに』と同じ岡本順の絵だから、別の作者の作品なのに、二つの世界が重なってくるようだ。
最初、『えんぴつたろうのぼうけん』のタイトルで刊行されたときの絵は竹川功三郎だった(講談社、1976年)。のちに、『えんぴつたろうの三つのぼうけん』(講談社、1994年、この絵は岡本順)に「えんぴつたろうのはじめのぼうけん」として収められる。「二どめのぼうけん」「さいごのぼうけん」も、あわせて読むことができる。

 

『ドアのノブさん』書影

『ドアのノブさん』
大久保雨咲・作、ニシワキタダシ・絵
講談社、2016年 
表題作「ドアのノブさん」のノブさんは、アパートのドアの取っ手だ。いつもは、ドアの内側と外側をしっかり守っているのだけれど、きょうは、落ち着かない。ノブさんのいる302号室の山下さんの家族がよそへ引っこすのだ。ノブさんは、自分もネジをはずされて、いっしょに行くと思っていたのに、山下さんは、ドアにガチャン!とかぎをかけて、出て行ってしまう。
この本は、現在、品切れ。図書館でさがしてください。

 

宮川先生プロフィール写真

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)


1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

 

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