『世界でさいしょのプログラマー』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

 

フィオナ・ロビンソン作/せな あいこ訳/評論社

1815年、ロマン派の詩人ジョージ・ゴードン・バイロンと数学者アン・イザベラ・ミルバンクの娘として生まれたエイダ。バイロン卿と言えば、シェイクスピアに次いで、英国では最も著名な詩人のひとりですから、私も幾度か彼の作品に触れた記憶があります。けれども、詩人の彼とコンピュータプログラミングの基礎をつくったエイダ・ラブレスが親子だと知る機会はこれまでありませんでした。社交界の花形として奔放な生涯をおくった父親から受け継いだ才能は一見何も無いように思えますが、この本を読むと、類まれな彼女の想像力こそが、現実を踏み越える希少な発見には不可欠だったのだとわかります。

エイダが生まれて間もなく両親は別れ、母親にひきとられたエイダには、こってりと英才教育がしこまれます。父親のような人間にはなって欲しくない、という数学者だった母の決意のもと、一日の学習スケジュールが綿密に組まれました。そこに詩を読む時間など毛頭ありません。それなのに、エイダが送った手紙の表現に、詩的な匂いを嗅ぎ取った母。その母によって育成された学習能力と、父親譲りのイマジネーション、創造する力を携えて、産業革命真っ只中の英国をエイダは駆け抜けるのでした。わかることには必ず喜びが伴います。エイダが新しい学問や技術に出合うとき、経験が彼女の理解を助け、さらなる好奇心がひらめきを生み、また“わかる喜び”を反復させていきます。

コラージュの手法で描かれる絵は、主人公の想像力の羽ばたきを象徴しているようで、読者の心を弾ませます。エイダが発明を夢見ていた「じょうきで動く、空飛ぶ馬」が表紙を飾っていますが、明るく快活なこの絵を見ると、限りある命(エイダは36歳という若さで世を去っています)の時間を精一杯、自分のことも自分の夢をも愛しながら生きる重要性に胸が熱くなるのです。

共同研究者のチャールズ・バベッジはもちろん、作家チャールズ・ディケンズや、科学者マイケル・ファラデーなど、それぞれの分野の大家との出会いにも目を引かれます。エイダ・ラブレスの大人向けの伝記『科学の花嫁』をパラパラと散読して、女性の社会進出が阻まれた時代に、逆風を突いて挑戦を続けた女性だったのだと教えられました。

 

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

 

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