今月のテーマは【岡田淳のみんな夏の話】です。
「ぼく」の国

夏休み。手術で病院に行くおじいちゃんに、おばあちゃんとお母さんがつきそって、小学4年生の「ぼく」は、ひとりで留守番する。仕事がおわってから病院に行くお父さんを待つのだ。おばあちゃんがくれた、おやつのコンペイトウの紙袋を入れたカバンと、おかあさんが用意してくれたお茶の水筒を肩からかける。探検家になったような気もちで、おじいちゃんの書斎に入る。ここで留守番だ。書斎は、窓とドアのほかは、天井まで本棚。たくさんの本と、いろいろなめずらしいもの、棚のあちこちに写真や絵葉書もとめられている。
「ぼく」が大きな机に森の写真集をひろげて見ていると、やがて、外は、はげしい雷雨になる。停電になったから、「ぼく」は、棚からランタンを取り出して、マッチでろうそくに火をつける。やりかたは、前におじいちゃんが教えてくれた。いなびかりが光り、雷鳴がとどろく。「ぼく」は、カバンと水筒をもう一度肩からかけ、ランタンをもって、大きな机の下にもぐりこんだ。机の下の棚にランタンを置き、コンペイトウを一つぶ食べる。まわりが板でかこまれている空間にすわって、「ここは、ぼくの国だ。」といってみる。
よく見ると、その板にはさまざまな木目があった。目の前に、ウサギの上半身に見えるかたちがある。これがウサギなら、ずいぶん太ったウサギだ。
ウサギのかたちを指でなぞってみる。ろうそくの光がつくる手の影が、きみょうにのびちぢみする。
――まわりの木目のもようはなんだろう。
そう考えると、かべいっぱいにはりついたツタの葉っぱのように思えてきた。
ランタンのろうそくの光がゆれて、その葉っぱが、ざわっと風にゆれたように見えた。
雨があがるのを待つあいだ
描きたい木が見つからない「わたし」に、お母さんが「おばさんの家に大きな木があるんだけど、行ってみる?」という。お母さんのおばさんで、「わたし」には、大おばさんにあたる。お母さんがおばさんの家まで車で送ってくれた。家よりもずっと大きい木を見て、「わたし」は、描いてみたいと思う。でも、雨がふり出す。「そのうち、やむわよ。夕方にはむかえにくるわね」――お母さんは帰っていく。これは、『机の下のウサキチ』同様、雨の物語でもある。
「ねがいごとをかなえてくれるランプとか、指輪とかがあれば、雨をやませて晴れにするのになあ」――「わたし」がいうと、おばさんは、「ねがうのは、お天気のことだけでいいの?」と、「わたし」を見る。そして、雨があがるのを待つあいだ、お話をしてくれる。――「そう、ねがいごとのお話」
大きな木が一本、立っていました。
木のまわりはずっと草原で、ほかには何もありませんでした。
ところで、この木はねがいの木でした。
だれかのねがいをかなえてくれるのが、ねがいの木です。
けれどその木は、ねがいごとをかなえてあげることができませんでした。
なにしろまわりはずっと草原で、草たちはいまのくらしに満足していましたので、だれもねがいごとなんてしなかったからです。
木から聞こえた声
こそあどの森には、スキッパーが好きな場所がいくつもあります。
小川のほとりの広場も、好きな場所です。
そこには、スキッパーのお気に入りの木が、一本立っています。それは、まわりの木にくらべるとずっと若い木です。
木にもたれて、川の流れを見ているスキッパーに、(おもしろい?)という声が聞こえる。まわりには、だれもいない。木から聞こえたような気がして、スキッパーは、木を見上げて「しゃべれるの?」とたずねたけれど、返事はない。
今月ご紹介した本

『机の下のウサキチ』
岡田淳
偕成社、2024年
むこうに明るいものが見える。「ランタンのほかに明るいものがあるなんて、へんだな。」――「ぼく」は、そっちへ行ってみる。ツタの葉のぎっしりはりついた通路を抜けると、草原だ。歩いていくと、巨大なウサギが切り株にすわっている。「ぼく」に気がついたウサギは、満面の笑顔になり、しかし、とがめるような目でいう。――「おそかったじゃないか。」「ぼく」とウサギは、ウサギが魔女にうばわれた「はねる力」を取り戻すために、長い冒険の旅に出る。

『ねがいの木』
岡田 淳 文、植田 真 絵
BL出版、2024年
「だれかに、何か、ねがわれたい」と願っていた木に、最初に願ったのは、気まぐれな風だった。草と木の緑色ではない、風と遊べる「すてきな何か」を願う。草むらから、緑色ではない何かが顔を出す。金色のキツネだ。つぎにキツネが願い、木は順々に願われて、時が流れ、戦争も起こる。おしまいは、戦争から戻った、クラリネット吹きの青年と娘の結婚式だ。

『こそあどの森のないしょの時間』
岡田 淳
理論社、2024年
『ふしぎな木の実の料理法』にはじまる『こそあどの森の物語』全12巻(1994~2017年)の姉妹編として刊行された。森の住人たちそれぞれの「ないしょの話」が7編収録されている。
スキッパーは、小川のほとりの木と語り合う。「きみの夢をおしえてよ」とスキッパーがいうと、木がこたえる。――(うん……、まず、もっともっと大きな木になるんだ。……そのあとは船になってもいい。揺り椅子もいいな。きみの夢は?)

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。