今月のテーマは【江戸の「時」】です。
夕暮れの竹やぶで

さらにめくると、ヨーロッパらしい町の運河のほとりで、男の子が立ち止まり、古い建物を見上げている。――「鐘の音が……きこえる?」
まためくると、それが、とびらだ。表紙に描かれた日本橋の風景が見開きいっぱいに広がる。たくさんの人びとが行きかっている。
ここは江戸でいちばんにぎやかなまち、日本橋です。
春になると、オランダ人の行列が、将軍に会うために、はるばる九州の長崎にあるオランダ商館から江戸にやってきました。
まちにひびくのは、鐘の音。
ゴォーン ゴォーン
じゃんけんぽん! あいこでしょ!
子どもたちの元気な声も聞こえます。
オランダ人の名前はヤン。新吉とヤンは、友だちになる。ヤンは植物学者で、日本の庭園を見たいのだけれど、日本の役人たちがゆるしてくれない。新吉は、「ベラボウめ!」が口ぐせの魚屋のベラボウさんに相談して、舟を出してもらう。ベラボウさんの漕ぐ舟で着物に着替えたヤンは、船番所を新吉といっしょにゴザをかぶってやりすごす。神田堀から浜町川へ、そして、大川へ。ヤンは、大小の屋敷の庭園を写生する。舟から見る江戸が美しい。
そばの勘定
昔は『二八そば』という商売がありました。これは、町の中を夜になると、風鈴を鳴らして、
「そばぁぁううわう、葱なぁぁんばん、しっぽぉぉく。」
と流して歩きました。そして、その値段は一杯十六文でした。そこで、二八の十六、『二八そば』といったといいます。
「そばぁぁううわう、葱なぁぁんばん、しっぽぉぉく。」
「おおい、そば屋さん、しっぽくを一つ熱くしてもらおうか。(以下略)」
しっぽくを食べおわった客が「銭が細かいから勘定を間違えるといけないよ、手を出しておくれ、いいかい。」といって、お金を数えはじめる。――「ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ、そば屋さん、今何時だい?」そば屋が出した手に一文ずつ数えてわたしていた客が急に時刻をたずねる。
「九つで……。」
「とお、十一、十二、十三、十四、十五、十六。」
と勘定を払って、すぅっと行ってしまいました。
オランダの幼年文学
アニー・M・G・シュミット『イップとヤネケ』は、オランダの男の子と女の子の物語だ。イップが、庭の生垣に小さな穴があいているのを見つけて、地面にしゃがんで、あなからのぞく。そこにいたのは、同い年くらいの女の子だった。女の子も、あなから、こちらをのぞいていたのだ。
今月ご紹介した本

『えほん ときの鐘』
小林 豊
ポプラ社、2024年
絵本のはじまりとおしまいに描かれるのは、江戸の新吉の時代から300年以上ものちの運河の町だ。そこで、男の子が聞いている鐘の音はなんだろう。

シリーズ本のチカラ『子ども寄席 秋・冬』
六代目柳亭燕路 作、二俣英五郎 絵
日本標準、2010年
そばの勘定の途中で突然時刻を聞くのは、客が勘定をごまかすトリックだった。かげで、それを見ていた男が、つぎの晩にまねをするが……。
著者が1975~77年にこずえから刊行した『子ども寄席』全12冊をもとに『春・夏』編、『秋・冬』編の選り抜き本2冊が編集された。『春・夏』には「寿限無」など、『秋・冬』には「平林」など、それぞれ9編が収録されている。

『イップとヤネケ』
アニー・M・G・シュミット 著、フィープ・ヴェステンドルプ 絵、西村由美 訳
岩波書店、2004年
となりに住む男の子と女の子の出会いを語った最初の話「イップとヤネケはいっしょにあそびます」のほか、40編あまりの短い物語が収録されている。1952年に原著が刊行されて以来、ずっと読みつがれ、「オランダの家庭で、この本のない子ども部屋はない」といわれるそうだ(「訳者あとがき」)。続編に『イップとヤネケ シンタクラースがやってくる!』(岩波書店、2011年)がある。

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。