世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。
バングラデシュの昔話絵本
南の国にひとりの王様が住んでいました。
この王さまが よのなかで なによりもすきなのは きんでした。
王さまのごてんでは、ぎょくざは もちろんのこと、つくえや ねだいまでも きんでできていました。
それでも まだたりないで、王さまは くにじゅうのきんを ごてんのくらにあつめさせ、
ほかのものたちは ひとかけらのきんも つかってはならないという おふれをだしていました。
王さまが巨大なゾウの背に乗り、数多の家来衆を引き連れて狩りをする様子は、インド民話を絵本にした「ランパンパン」とそっくり同じです。「ランパンパン」の悪い王さまは、美しい声で鳴くクロドリを力づくで捕らえましたが、このお話の王さまも強欲で、森で偶然出会った「きんいろのしか」を何としても生け捕りにせよと強く命じます。「ランパンパン」では、猫やアリの群れ、川や木の枝までも味方につけたクロドリ。一方、槍をかまえた大勢の家来たちに追われた「きんいろのしか」を助けようと、どんなに強く問われても、シカの行方を教えなかった男の子ホセン。怒り狂った王さまは、三日のうちにシカを捕まえなければホセンの命は無い、と言い放ちます。途方に暮れ、為すすべもなく泣き出したホセンの傍らで、動物たちが相談を始めるのでした――。
金色に輝くシカ、その蹄で地面を蹴ると煙のように舞い上がる黄金の砂、深く暗い緑の森、赤土の乾燥した大地、そして、艶やかなハスの池。画家、秋野不矩さんの絵によって、異国に伝わるお話の不可思議さを読者は想像できるでしょう。秋野不矩さんは、インドの大学で美術を教えた経験があり、その後も幾度かインドに滞在し、寺院や住宅、人々を描いています。「きんいろのしか」でも、1ページごとにその土地に対する画家の愛着が脈打っているのを感じます。なかでも、牛の佇まいの美しさと瞳の優しさに、私は特別な感慨を抱きました。凛とした白牛には賢者の風格を感じます。また、威風堂々と現れるトラが鮮烈な印象を残すのは、画家が大切に、ひとしおの思いをこめて描いているからでしょうか。神々しく、濁りの無い存在として描かれる動物たちは、丁寧に造形され、エキゾティックな魅力を放っています。
王さまはその後、どうなったでしょう。自身の強欲さが仇になり、手酷いしっぺ返しをくらうのですが、そのクライマックスでは、無言で踊り続けるシカと叫ぶ王さまとのコントラストが際立って描かれます。王さまのギラギラした欲望はゆっくりと静けさに吸われていきます。誇らかな笑みを浮かべたシカの優雅さと正しさだけを残して。
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。