出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。
今月のテーマは【海へむかう俳句、海の詩集】です。
おじいさんをさがしに
山下明生『マメクジラくん、海へいく』のマメクジラくんは、ナメクジの子どもだ。マメクジラくんの暮らしている、ほら穴の壁には、ナメクジがはったようなナメクジ文字で書かれたものがはってある。立派に見えるけれど、むずかしくて読めない。おかあさんに聞いてみた。――「なんて書いてあるの?」
「あれはね、俳句なの。えーと、『蛞蝓の自分史一途明け易き』っていうのよ」
「どういう意味?」
「夏の朝はやく、ナメクジは、自分の生きてきたしるしを、銀色の道にのこしながら、いっしょうけんめいすすんでいく、っていうの」
俳句をつくったのはマメクジラくんのおじいさんで、おじいさんは、えらい学者だという。子どものころ、おじいさんは、学校の庭に住んでいて、そこで、いろいろなことを学んだのだ。本だって書いた。『ナメクジにも骨がある』という本で、「骨」というのは、心のなかにある骨、根性みたいなことだ。
おじいさんは、いま、旅に出ていて帰ってこない。「自分の心をみがく、修行の旅さ。ニンゲンの西行さんを見習ってね」――おかあさんが、そう教えてくれた。武士だった西行は、お坊さんになって旅をして、和歌もたくさん詠んだ。西行を見習ったおじいさんは、海まで行ったらしい。
マメクジラくんも、おじいさんをさがしに海へ行こうと考える。おかあさんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも無理だと止めたけれど、マメクジラくんは、「知恵をふりしぼって、なんとしてでもいく」「ねばねばを出して、ねばっていく。根性でいく!」といって、ほんとうに出発する。
おとうさんがくれた手帳
マメクジラくんのおじいさんの俳句をもう一句。――「日脚伸び木彫りの鯨泳ぎだす」これも、おかあさんが解説してくれた。――「春が近くなって、ほら穴の中までお日さまがさしこんでくると、木でつくったクジラも、泳ぎだすように見えるって」
那須正幹『2年2組はいく先生 松井ばしょうくん』のばしょうくんも、小学2年生なのに、趣味は俳句づくりだ。ばしょうという名前は、俳句好きのおとうさんが、江戸時代の有名な俳人松尾芭蕉にあやかって、つけたのである。自分で出世するタイプではないといっている、おとうさんは、スポーツもまったく苦手で、俳句ばかりつくっている。
ばしょうくんがはじめて俳句を詠んだのは、小学校に入ったころだ。――「ぴょんぴょんと かえるとびだす たんぼ道」おとうさんは、「かえるは 春の季語だから、いまの きせつに ぴったりだよ」と大喜びだ。ばしょうくんは、おとうさんがくれた新しい手帳にこの一句をさっそく書き込む。手帳をのぞきこんだ、おかあさんがいう。
「でもねえ、このあたりに たんぼなんて、ないわよ」
「いいんだ、いいんだ。はいくは かならずしも みたままを つくる ひつようは ないんだ。こころのなかで うかんだ じょうけいを よめば いいのさ」
おとうさんにほめられた、ばしょうくんは、いつも手帳をもち歩いて、俳句を書きとめることになる。
心のなかの海
俳句でも「木彫りの鯨泳ぎだす」と詠んだ、マメクジラくんのおじいさんは、クジラが好きだという。マメクジラ、つまり、小さいクジラという名前も、おじいさんがつけたのだ。
おじいさんの研究によれば、マメクジラくんたちのいる、ここも、大昔は海で、ナメクジは、ナマコやウミウシやクジラといっしょに海で暮らしていたらしい。おじいさんは、泳ぎ出した木彫りのクジラのように海へむかう。クジラに会いに行ったのだ。
ひとはみな
心のなかに
海をひとつ もっている
その 濃いみどりの海のうえに
ときどき ちいさな魚がはねて
ときどき ちいさなしぶきがたつ
ひとの心のなかに
いつ 海はうまれたか
これは、工藤直子の詩とお話で構成された『ともだちは海のにおい』の巻頭の詩「海の はじまり」の第一連だ。
つづく最初の話は「ふたりが であった」。暗い夜の海を、眠れないイルカが散歩している。星がいっぱいだ。「さびしいくらいしずかだと、コドクがすきなぼくでも、だれかとお茶を飲みたくなる」――イルカが、ひとりごとをいう。ゆるゆる泳ぐイルカが黒い壁のようなものにあたる。「さびしいくらいしずかだと、コドクがすきなぼくでも、だれかとビールを飲みたくなる」――ひとりごとは、黒い壁のようなクジラだった。
ふたりは、まず、イルカのところへ行ってお茶を飲み、つぎに、クジラのところでビールを飲むことにする。
今月ご紹介した本
『マメクジラくん、海へいく』
山下明生 文、村上康成 絵
偕成社、2024年
海をめざすマメクジラくんは、銀色のすじを引きながら、ゆっくり進む。やがて、運よく、アオガエルの笹舟にのせてもらう。アオガエルは、「『井の中のカエル大海を知らず』ってばかにされないように、海を知るのはたいせつなんだ。カエルにも、ナメクジにも、ダンゴムシにも、な」という。さて、マメクジラくんは、おじいさんに出会えただろうか。
『2年2組はいく先生 松井ばしょうくん』
那須正幹 作、はたこうしろう 絵
ポプラ社、2003年
ばしょうくんは、手帳につぎつぎ俳句を書く。「わるい子も すこしはいるが まあいいか」――これは、新学期の学校を詠んだ句の一つ。季語がないから、おとうさんが直してくれた。――「わるい子も よい子もいっしょに 入学式」
この本は、現在、手に入らない。図書館でさがしてください。
『ともだちは海のにおい』
工藤直子、長新太/絵
理論社、2004年
海で出会ったイルカとクジラを描いた詩は青いページに、お話は白いページに印刷されている。お話といったが、むしろ、散文詩で、この1冊は、まるまる詩集だ。1984年の初版の新装版。
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。
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