世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。
ガチョウに育てられたダチョウ

主人公は農場に住む男の子ジャック。赤ちゃんの頃から鳥が大好きだったジャックは、5歳の誕生日にはセキセイインコのつがい、6歳でチャボのつがい、7歳のときにはアヒルのつがいを、農場主であるお父さんからもらいます。
鳥たちはみんなよく育って、ひなをふやしました。
世の中には、園芸がとくいという人がいるものですが(そういう人のことを、庭のものをじょうずに育てる「みどりのゆび」をもっている、などといいますね)、ジャックのばあいは、鳥でした。ジャックは、鳥になにをしてやったらいいか、ちゃんとこころえていたのです。
ゆで卵さえ口にできなくなるほど、鳥に愛情を注ぐジャックは、8歳の誕生日を迎える1月に、とうとうガチョウのつがいをもらいます。姉のマージェリーには「あんたが大きくなるたびに、もらう鳥も大きくなるんだから」と冷評されますが、全く意に介しません。つがいのガチョウは、ウィルフレッド、リディアと名付けられ、まもなくリディアが卵を産みますが、これほど大きな卵を見る経験は今後無いだろう、と両親はジャックに話します。しかし、その翌日、遠足で訪れた野生動物公園で、大きくて立派なダチョウの卵にジャックは感激し、どうしてもその卵が欲しくなってしまうのです。その卵は大蛇のエサになる「よぶんなたまご」だと言うし、なによりジャックを見下ろすほど長身なガチョウの美しさ、茶色くやさしい大きな瞳に、どうにも魅せられてしまったのでした。ジャックは、誰にも気づかれないようバッグに卵を潜ませ、帰宅後、リディアにその卵を抱かせるのでしたが……。
姿かたちも、備わった特性も、すべてが違うダチョウの子を懸命に世話するガチョウの夫婦の奮闘ぶりを縦軸に、オリバーと名付けて大切にダチョウの子を見守り、養護してきたジャックの喜び、そして不安(もとは、断りなく持ってきてしまった卵ですから)を横軸に物語は進行します。ディック・キング=スミスは、実際に農場で働いた経験もあり、動物に関する著作も多い作家ですから、鳥の生態を写実的に語ります。その正確で嘘のない描写は、少し不思議なできごとともうまく混じり合って、読者をわくわくさせるのです。
さて、ジャック少年はどのように難題を解決し、ダチョウのオリバー、そしてガチョウの夫婦ウィルフレッドとリディアはどうなるのでしょうか。これ以上ない盤石なハッピーエンディングは、「正しいのはこれで、まちがっているのはそれ」という二項対立的な思考から離れた最高の結末。ジャックの選択を周囲の大人たちも応援し、彼の未来へとつなげます。肯定と否定と矛盾に埋もれそうになっていたジャックの成長を見届けた後、本当に好きなものを持つ人が内面にたたえた豊かさに拍手をおくりたくなるのです。
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。