出たばかりの新刊から保護者にも懐かしい名作まで、児童文学研究者の宮川健郎先生が、テーマに沿って子どもの本を3冊紹介していきます。
今月のテーマは【イカとタコ、あるいは、会話劇】です。
いかのぼり
『いかあげ たこあげ』より
「凧(いかのぼり)きのふの空のありどころ」――これは、江戸中期の画家で俳人、与謝蕪村の俳句だ。「凧」は、春の季語。この人は、きのうも、いかのぼりで遊んだようだ。明和6(1769)年の句と推定されている。
『物類称呼』は、安永4(1775)年に刊行された、江戸時代の全国方言辞典だが、「紙鳶 イカノボリ」の見出しで「畿内でイカと云。関東にてタコといふ。(以下略)」と記されている。つまり、いかのぼりは、たこあげのたこのことだ。畿内は、奈良、京都、大阪、兵庫あたりをいうが、蕪村は、大阪生まれだった。
『いかあげ たこあげ』は、高畠じゅん子・高畠純の絵本だ。本のとびらで、タコが「龍」と書かれた赤いたこをあげようと、かまえている。――「ひょーひょーと かぜが ふきます。」
ページをめくると、「いくぞー」とタコが走り出すけれど、たこは、全然あがらない。また、ページをめくると、「いいかぜ、いかすぜー」とイカが走り込んできて、大空にたこがあがる。つぎの見開きでは、言い合いになる。
「おーい、そこのイカ、たこを おろせ!
たこあげ するな」
「たこあげ? これは いかあげ ですよ」
「いかあげ? どうみても たこあげ じゃないか」
タコがいう。――「あれは イカの かたちを しているだけで、そらに あがれば たこ だろう」イカがいう。――「タコが あげるのが たこあげ なら、イカが あげるのは いかあげ でしょう」どちらも、ゆずらない。
男と男の約束
初天神は、1月25日、天満宮の新年最初の縁日。そこへ出かけた父と子が登場する落語が「初天神」だ。いつも、お父っつぁんに、なんだかんだとねだる金坊は、きょうは何も買わないと「男と男の約束」をして、やってきたのだが……。『春風亭一之輔のおもしろ落語入門』から紹介する。
「今日はどう? あれ買ってくれこれ買ってくれって言わない、いい子じゃない?」
「まあまあまあ、いい子だな」
「そう。じゃあどうでしょう、そこでひとつ提案です。いい子の金ちゃんに何かごほうび」
「それがいけねーんだよ、お前は!」
「あ、飴屋さんが出てる」
金坊は、結局、お父っつぁんに飴を買わせ、団子を買わせ、おしまいには、たこを買わせる。ところが、お父っつぁんのほうが、たこあげに夢中になってしまう。お父っつぁんのたこは、高く高くあがる。――「うわ――。すごいな、お父っつぁん。あたいもやりたい」「ダメダメ」「あたいもやらして」「ダメダメ」
おかしな一日
さて、『いかあげ たこあげ』のタコとイカは……。「タコが いかだに のっても、いかだは いかだ」「タコが いかだに のれば、それは たこだ でしょう」――ふたりの言い争いは、ほかの動物たちもまきこんでエスカレートしていくけれど、だんだん楽しくなる。
大林大・かとうひろゆきの絵本『ふしぎ ぞくぞく ぞくぞく かぞく』のお姉ちゃんと弟は、まるでタコとイカのように食い違っている。
そろそろ夕ごはん。子どもたちがパパに聞く。――「きょうは どんなひ だったの?」
「きょうは おかしな いちにちだったよ。
かいしゃに いくとちゅう そらを みあげたら
おおきな おおきな くもが あったんだ」
「へえ そうなんだ」、お姉ちゃんが雨をふらせる雲を思いうかべる絵が描かれている。「え? うそ!」、弟が思いうかべているのは、大きなくもの巣をはっている大きなくもだ。パパが「ふたりに みてほしいくらい おおきな くも だったんだよ」というと、お姉ちゃんは「てんきよほう はれだったのにね」といい、弟は「やだよ つかまりそうだし」という。いったい、この会話は、どうなっていくのだろう。
今月ご紹介した本
『いかあげ たこあげ』 
作/高畠じゅん子、絵/高畠 純
偕成社、2024年
カバーの袖に「イカとタコの「たこ」をめぐるナンセンスな会話劇。」と記されている。この絵本だけではなく、今月の3冊は、みな会話劇だ。
『春風亭一之輔のおもしろ落語入門』 
落語 春風亭一之輔、画 山口晃
小学館、2016年
「初天神」をふくめ、当代一の人気真打ち、春風亭一之輔の語る落語七席が読める。「知っているとおもしろい 落語のしぐさ」のページには、「落語は、一人で何人もの人を演じ分けるため、話すときのしぐさにルールがあります。」として、「上・下を切る」などのイラスト入りの解説がある。
『ふしぎ ぞくぞく ぞくぞく かぞく』
お話 大林 大、絵 かとうひろゆき
ポプラ社、2024年
CMの企画・制作者がお話を書き、アートディレクター/グラフィックデザイナーが絵を描いた絵本。会話劇は、だんだんこわくなる。
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。
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