「科学する料理研究家」平松サリーさんが、料理に役立つ知識を科学の視点から解説します。お子さまと一緒に科学への興味を広げていきましょう。
※本記事は、2023年11月23日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。
材料の組み合わせと調理方法でうま味が増す!
冬の寒い時期にはほかほか温かい汁物があるとうれしいですよね。たとえばけんちん汁は、おかずとしてもボリューム感がありますし、蕎麦を入れてけんちん蕎麦にしてもおいしいので、鍋にたっぷり作っておくと便利です。
けんちん汁は根菜や豆腐を使った具だくさんの汁物で、精進料理が発祥。植物性の食材だけで食べ応えある仕上がりになるよう工夫が凝らされています。
たとえばだしは、鰹節の代わりに干し椎茸などが使われます。干し椎茸からとれるだしにはグアニル酸といううま味成分が豊富で、昆布のうま味成分と組み合わせることでうま味を増すという性質があります。また、具材をごま油で炒めてから煮るのもコクを出すためのひと手間です。
今回の記事では、けんちん汁の作り方と精進料理のおいしさについて科学の視点から解説します。
けんちん汁
材料(4〜5人分)
- 木綿豆腐 1/2丁
- 長ねぎ 1/2本
- 大根 130g
- にんじん 100g
- ごぼう 1/2本
※根菜類はお好みのものでOK。合計300gくらい用意する。 - 干し椎茸 4枚
- 昆布 8g
- ごま油 小さじ2
- 塩
- 薄口醤油(なければ濃口でもOK) 大さじ2
- 七味唐辛子や胡椒 お好みで
1.だしの下ごしらえ(前日)
干し椎茸はサッと水洗いする。昆布は、汚れが気になる場合はかたく絞ったぬれ布巾で拭く。
ボウルや保存容器に水800mlと干し椎茸、昆布を入れ、冷蔵庫に一晩置いておく。
ポイント
干し椎茸のだしにはグアニル酸といううま味成分が多く含まれています。しかし、実は生の椎茸にも干し椎茸にもグアニル酸はほとんど含まれていません。どういうことでしょうか?
乾燥した干し椎茸は細胞の膜が壊れているため、水にひたすと細胞内の成分が外に溶け出してきます。このなかにはRNAという物質と、それを分解するヌクレアーゼという酵素が含まれています。水の中でこれらが出会うことでRNAが分解され、グアニル酸が作られます。つまり、干し椎茸にはうま味成分そのものではなく、その材料が多く含まれており、下ごしらえや調理の過程でうま味成分に変化するというわけです。
ところが、干し椎茸からはグアニル酸を分解してうま味のない成分に変えてしまうホスファターゼという酵素も溶け出してきます。グアニル酸を作る酵素と壊す酵素の両方が含まれているのです。これらの酵素はよく働く温度や壊れて働かなくなる温度が異なるので、グアニル酸を多く作らせ、なるべく壊さないように温度を調節する必要があります。
一般的に酵素は温度が高いほどよく働きます。グアニル酸を作る酵素・ヌクレアーゼは100℃近くまで壊れることなく機能を維持します。一方、グアニル酸を壊す酵素・ホスファターゼは40〜60℃でよく働き、それより高い温度では壊れて働かなくなります。そのため、干し椎茸は酵素が働きにくい低温で水戻しした後、一気に加熱し65℃以上にするとホスファターゼが働かず、うま味の強いだしをとることができます。
大根は7㎜の厚さのいちょう切り、にんじんは5~6㎜の厚さの半月切りにする。
ごぼうは皮をこそいでささがきにし、水にさらしておく。長ねぎは1㎝幅の斜め切りにする。
木綿豆腐は表面の水気をキッチンペーパーなどで軽く拭き取っておく。
鍋にごま油を熱し、大根とにんじんを入れて炒め、さらにごぼうの水気を切って加える。
豆腐を大きめの一口大に崩しながら入れ、塩ひとつまみを加えてさらに炒める。
ポイント
肉や魚などの動物性の食材を使わずに作る精進料理では、満足感を補うためにさまざまな工夫がされています。その一つが油のコク。精進料理というとあっさり低カロリーなイメージがあるかもしれませんが、食材を揚げたり炒めたり、油をしっかり使った料理も多くあります。
けんちん汁も野菜を直接だしで煮るのではなく、一度炒めてから煮ることで、味わいや満足感を補っています。
全体に油がまわったら、干し椎茸と昆布、だしを入れて強火にする。
沸騰したら昆布を取り出し、アクをとる。
長ねぎを加え、再び沸騰したら沸々とする程度に火を弱めて煮る。
野菜がやわらかくなったら薄口醤油を加える。味見をして塩気が足りなければ塩を足す。
お椀に盛り付け、お好みで七味唐辛子か胡椒をふりかける。
※つゆの味をやや濃いめに作り、ゆでた蕎麦にかけるとけんちん蕎麦になります。
精進料理のだしの工夫
家庭料理として作られるけんちん汁では、鰹節や煮干しなど、動物性のだしを使うこともありますが、今回は精進料理らしく植物性の材料だけで作るレシピを紹介しました。
一般に、和食のだしは「昆布と鰹節」「昆布と煮干し」というように、昆布+魚系の材料を使ってとることが多いです。これは、昆布に豊富なうま味成分・グルタミン酸と、鰹節や煮干しに豊富なうま味成分・イノシン酸とが組み合わさると、うま味が何倍にも増して感じられる「うま味の相乗効果」を利用するためです。
ところがイノシン酸は肉や魚など動物性の食材に豊富な成分なので、精進料理ではこれを利用することができません。そこで用いられるのが、干し椎茸です。干し椎茸からとれるだしにはグアニル酸といううま味成分が豊富で、これもグルタミン酸との相乗効果でうま味を増すことがわかっています。
また、本格的な精進だしでは干し椎茸のほかに、切り干し大根や
12/28(木)更新の次回では、「ぶりの照り焼き ふっくら香ばしくするには?」について、科学の視点から解説いたします。お楽しみに!
科学する料理研究家、料理・科学ライター
平松 サリー(ひらまつ・さりー)
科学する料理研究家、料理・科学ライター。京都大学農学部卒業、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。生き物がつくられる仕組みを学ぼうと、京都大学農学部に入学後、食品科学などの授業を受けるうちに、科学のなかに「料理がおいしくできる仕組み」があることを知る。大学在学中に、科学をわかりやすく楽しく伝えたいとブログを始め、2011年よりライター、科学する料理研究家として幅広く活躍している。著作には『おもしろい! 料理の科学 (世の中への扉)』(講談社)などがある。