宿題や課題になかなか手をつけない、先送りにする。お子さまのそんな様子を見て、「早くやっちゃいなさい」と急かした経験のある保護者の方は多いのではないでしょうか。とはいえ、やるべきことを「あとでやろう」と先延ばしにしてしまうことは誰にでもあるもの。いったいなぜ私たちは「先送り」「先延ばし」をしてしまうのでしょうか。背景にある心理や改善策、お子さまの「先送り」への対応法を、心理学者の一川誠先生にうかがいました。
(取材・文 松田慶子)
※本記事は、2020年7月23日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。
人間は「先送り」してしまう生きもの!?
――おもちゃの出しっぱなしを注意すると「後で片づける」。宿題は終わったのか尋ねると「明日やる」。子どもの先送りにイライラしてしまう、という声をよく聞きます。かくいう大人も、ついつい先送りや先延ばしをしてしまいますが…。
時間管理をテーマにしている研究者も、しばしば先送りしてしまいますよ(笑)。もともと人間は、何かを「する」という積極的な選択が苦手で、先送りする傾向があるんですよ。
20世紀の歴史学者のパーキンソンは、軍人や役人の行動を分析し、人間には締切りまでの時間をめいっぱい使ってしまうという行動特性があることを見いだしました。「パーキンソンの第1法則」といいます。やるべきことに早めに取り組もうとはせずに、締切りまでの時間を使い切ろうとする人間の行動パターンは、多くの研究者によって指摘されています。
――どうしてすぐに行動しないのでしょうか。
心理学では、自分の可能性をなるべく残したいという心情が働くのだと説明しています。
何らかの行動を「する」か「しない」かの選択肢があるとき、「する」を選択すると、ほかのことができなくなります。そのように、何かを捨てなくてはいけない意思決定は心理的に負荷が大きい。人間は負荷の大きいことは避けようとします。だから多くの場合、判断自体を先送りにして、何もしないまま時間の経過に任せてしまうのです。
加えて大きな要因として、自我防衛機制が働くことも指摘されています。
――自我防衛機制とは?
自尊心を傷つけないようにする心の働きです。この働きのために「セルフハンディキャッピング」、つまり「自分自身にハンディキャップを与えること」で、失敗したときのために言い訳を残そうとしてしまうのです。自分にとって大切な課題ほど、こうした行動が起こるとされています。
作業の前の掃除は、無意識に言い訳をつくるため
――自尊心を傷つけないために、先送りするのですか?
はい。課題などに取り組んだ結果、うまくいかなかったときに、「自分に能力がなかったからではなく、時間が足りなかったからだ」といった言い訳をつくろうという心理が無意識に働き、取り掛かることを遅くするわけです。
やらなくてはいけない大事な作業があるときに限って、ついつい部屋の掃除や模様替えのような、今しなくてもいい作業を始めてしまうことがあります。このようなことを逃避行動というのですが、これもセルフハンディキャッピングの1つ。やるべきことに失敗したときの言い訳をつくり出しているのです。
――あとで困るのは自分だと、ちょっと考えればわかるはずなのに、私たちはみすみす困る事態をつくっているのですね。
そう。これも自我防衛機制の働きの一つなのですが、私たち人間には、「自分の失敗は忘れやすく、成功ばかりを認知し記憶してしまう」という特性もあります。この繰り返しによって、自分の能力を過大評価してしまうわけです。
だから、遅く始めてもギリギリ間に合った場合は、「うまくいった」と記憶するし、間に合わなかった場合は、「今回は時間がなかったせいだ」と記憶して、また同じ失敗を繰り返してしまうのです。
――ところで子どもでは、例えば学校から持って帰ったプリントを親に渡すといった、自尊感情とは無縁に思えることも先送りにする様子が見られます。これは?
労力を要するものに対して、怠けてしまうのは大人も子どもも変わりません。また、プリントを出すことで、何かやりたくない事がらをしなくてはいけない事態になりそうだと、子どもが思ったのかもしれません。そもそもやりたくないことに関しては、認識したくないから忘れやすいという傾向もあるようです。
あとは単純に、怒られそうなものは出さない(笑)。親に叱られるのは、子どもは避けたいことですからね。
先送り回避の鉄則は、「思い立ったが吉日」
――例えば撮りためた写真の整理や学校への提出物の準備など、大人でもやるべきことをためてしまうことは多いもの。先送りしないためには、どうすればいいでしょうか。
とりあえず、手をつけてみることですよ。
人間だけではなく多くの生物には、「時間的にも空間的にもゴールに近づけば近づくほど積極的になれる」という特性が備わっています。苦手なことでも、やり進めるにつれてだんだん楽しくなるわけです。だから思い立ったが吉日で、まずは何か始めてみる。すると、何もしなかったときよりも確実にゴールに近づくので、エンジンがかかります。
――たとえば「学校に提出する雑巾を縫わなくてはいけない」なら、材料をそろえてみるとか?
そうです。手をつける前は、ただ漠然と「イヤだな」と思っているだけですが、実際に飛び込んでみると、意外と高い壁でなかったと気づくことはよくあります。また自分がどう取り組めばいいか、どうすると進めやすいか、合理的な方法が具体的にわかってくる。そうして進めるにつれ、ゴールに近づいているという感覚がだんだん強くなり作業が楽しくなります。結果として、やったことの質もよくなる。だから重要なこと、失敗したくないことこそ、あまり構えずにすぐに始めるべきだといえますね。
スケジュールは余裕をもって。振り返りが失敗の繰り返し予防に
――やらなくてはいけないことがいっぱいあって、必ずしもすぐに取り掛かれない場合はどうしたらいいでしょうか。
まず、やるべきことを書き出した「to doリスト」をつくり、いつやるかスケジュールを立てるといいでしょう。簡単にできそうなことから始められるように予定を組むといいですね。「これができたから、今度はこれ」と、次の目標に向かいやすくなりますから。
――受験勉強や資格取得の勉強のように、結果がわかるまで時間がかかり、なかなか「ゴールに近づいている」と実感を得にくいものはどうしたらいいでしょうか。
いつまでに何をするか、段階的にいくつかの中間目標を立てるといいですね。今週はこの章を読む、今月末までにこの本を読み終える、と。中間目標を達成するたびに最終ゴールに近づいていると実感できるので、モチベーションを維持しやすくなるでしょう。
まずは取り組むことが大切なので、やはり最初のうちは簡単に達成できそうな目標を設定することがコツです。
――スケジュールを立てたら、できるだけそれを守ったほうがいいのでしょうか。
始めてみるまでは作業時間が読めないことが多いので、途中でスケジュールを見直してもかまいません。
ただ、覚えておきたいのが、私たちは自我防衛機制のせいで自分の力を過大評価し、作業時間を短く見積もる傾向があるということ。実際に作業してみて、「思ったよりも時間がかかるな」とわかったときにスケジュールを立て直せるよう、あらかじめ日程的にも余裕をもつことをおすすめします
あわせて、結果を振り返ることもとても大切です。
――振り返りはなぜ大切なのでしょうか。
先ほど述べたように、私たちは自分を過大評価しやすいので、「うまくいった」ということだけを記憶して、失敗したとしても、それが記憶に残らなかったり、うまくいったように記憶が改ざんされたりすることで、同じ失敗を繰り返してしまいがちだからです。記憶の改ざんを防ぐためにも、この作業にどのくらいの時間がかかったのか、余裕があったのかなかったのか、紙などに物理的に記録しておきましょう。スケジュール帳にメモするだけでもいいです。
「メタ認知」といって自分を客観的に見ることができると、もっと精度の高いスケジュール表をつくることができるようになるし、できたことを正しく評価でき、正当な自信をもてる。ひいては新しいことにも前向きに取り組めるようになるのです。
できたことを褒める。自信が積極的に取り組む姿勢をはぐくむ
――では子どもの先送りはどうしたらいいでしょうか。例えばいつも宿題を後回しにして、夜遅くなってから慌てて取り組むような子には、どう声をかければいい?
机周りを片づけておくなど、気が散る要因をなくすことは有効ですね。また空間的、時間的にすぐに取りかかれることも大事なので、目の前に次にやるべき課題を用意しておくのもいいと思います。
そして、宿題ができたら、それをきちんと褒めることを心がけてください。
一度できたことを繰り返すのは、それほど困難には感じにくいもの。「ちゃんとできたね」と事実を褒めれば、子どもは「自分はできたんだ」と認識し、自信をもって次の課題に臨みやすくなります。
――褒めるきっかけを得られないときはどうしたらいいでしょうか。宿題の例でいうと、結局いつも最後まで終えることができないような場合は?
手をつけたこと自体を褒めてあげるといいと思います。本人も「自分は早く始めたし、親もわかってくれている」と思い、自信につながります。そんな経験を繰り返すことで、自分から宿題に取り組み、最後まで終えられるようになると考えられます。
――先送りしている最中の子どもには、何と声をかければいい?
やっぱり「早くやったほうがいいよ」ですかね。「まず、これをやったら?」と、簡単に取り組めることを示してあげてもいいと思います。
それでもどうしても手を動かさない場合は、もしかしたら苦手意識ができあがっているのかもしれません。「できない」という経験を繰り返すと苦手意識が固まってしまい、ますます先送りしてしまうものです。どこにつまずいているのか、親御さんが探してみるといいのではないでしょうか。
――つまずいている単元や問題を探して、教える?
それもいいと思います。違う指導者から教わると、「あ、わかった」「あ、できた」となることもよくあるので、ほかの指導者に当たってみることも一案です。ただ、勉強があまり進んでいないからといって、すぐに介入するのがよいとは限りません。お子さまは「じっくり取り組みたい」と思っているのかもしれません。いずれにせよ、その人なりのゴールを設定して、それを一つ一つクリアしていく経験をもつことが大切ですので、どんな目的をもって、どんな目標設定で勉強していくのか、親子で話し合う機会をもてるといいですね。
成功体験があれば、何歳になっても「先送り」はやめられる
――長期休みの宿題など子どもがスケジュールを立てるときは、親はどうかかわればいいでしょうか。
個人差はありますが、低学年のうちはまだ見通しを立てることが難しいかもしれません。どう取り組んでいいかわからないお子さまもいると思いますので、そんなときは親御さんが手伝ってあげるといいですね。大体こんな感じで進めていくことが多いという道筋を伝えて、一緒に考えていきます。中学年以降は、本人に任せていいと思いますよ。とはいえあまり無理なスケジュールを組まないように気をつけてあげたいものです。
子どもには「目標を達成できた」という成功体験をさせたいので、どの学年であっても時間的な余裕をもたせることがポイント。そして大人同様、できたこと、できなかったことを書いて、親子で振り返るといいですね。
――小さいころから先送りがクセになっているような子の場合、高学年になってからでも先送りはやめられるものでしょうか。
もちろんですよ。成功体験があれば大きくなってからでも行動は変えられます。それにはやはり、「早めに取り組めば楽しくできて、結果もよくなる」と体験することが大事です。
親御さんは、小さな中間目標を示し、まずは手をつけたこと、できたことを褒めながら親子で一緒に目標に向かうという姿勢を心がけるといいのではないでしょうか。
――ありがとうございました。
一川 誠(いちかわ・まこと)
千葉大学文学部教授。1965年生まれ。大阪市立大学文学研究科後期博士課程修了後、カナダYork大学研究員、山口大学工学部感性デザイン工学科講師・助教授、千葉大学文学部行動科学科准教授等を経て、2013年より現職。博士(文学)。日本基礎心理学会理事、日本時間学会会長等を兼任。専門は実験心理学。人間が体験する時空間の特性や、それに影響を及ぼす要因等を実験的手法を用いて研究。一般向けの著書に、『大人の時間はなぜ短いのか』(集英社新書)、『図解 すごい!「仕事の時間」術:1日24時間を「もっと濃く」使う方法』(三笠書房)、『「時間の使い方」を科学する』(PHP新書)他がある。