『コウモリのルーファスくん』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

 

トミ・ウンゲラー 作/今江祥智 訳/BL出版

今回ご紹介する作品の主人公は、闇の生き物コウモリ。ウンゲラーらしく、どちらかといえば我々には親しみの薄い動物が主役です。でも、表紙に描かれたコウモリはいかにも人懐っこそうで、黄色い満月の下を大きく羽を拡げて飛ぶその雄姿が読者を誘います。

さて、表紙をめくると

ルーファスは コウモリ。そとがあかるいうちは ずっと―――ほらあなの 天井(てんじょう)に ぶらさがって、ねているばかり。

と、第一ページがはじまります。濃紺を背景にさかさまにぶらさがったコウモリの上半身だけを描いていますが、大きな耳と緑色に光る目が、好奇心いっぱいに世の中を知ろうとわくわくと待ちかまえているようで、わたしの気持ちも浮きたちました。そして、さらにページをめくると、夜空をはばたくルーファスの姿が見開きいっぱいにあらわれます。輝く月を背負ったコウモリのため息がもれるほどの見栄え!大量に黒を使っているなかで、これだけ美しい絵が描ける作家の才能に改めて感嘆します。

夜しか知らないルーファスは、野外映画会のカラー映画で初めて「あかるい」色に出合い驚きます。そして、その日朝まで起きていたルーファスは、洞穴の外――昇る朝陽――に見惚れるのです。まぶしいくらいの色、くらくらするような色の花と鳥。なのに、どうして自分は黒一色なのか、うんざりするルーファスの目の前に、だれかが忘れていった絵具箱がありました……。

簡潔な語りを補ってあまりあるほどに雄弁な絵。色に満ちた花畑も、暗闇を飛ぶべっこう色の蛾も、同様に生き生きと読者の目を奪うのは、ウンゲラーが分け隔てなく描いているからでしょう。わたしたちが生きる世界の美しさ――色のない闇も含め――を弾むタッチで描く作家の筆は、幼い人のそれのように無垢で天真です。

しかし、ほかでもないウンゲラーの作品ですから、わたしたち人間社会への風刺も忘れてはいません。見慣れないもの、得体の知れないものを全力で排除しようとする人間の思い上がりもしっかり書いています。以前小学校低学年の子どもたちとこの本を読んだとき、その場面で、ある男の子が涙ながらに抗議したのをわたしは忘れられません。「どうしてなの!?」と怒りで小さな身体を震わせながら彼は叫びました。そんなとき、粗削りでも真実を見すえようとする幼い人のパワーが、何にも縛られない作家の自由な心と確かに重なるのを感じます。もちろん、作家は、愚かな人間ばかりでないこともきちんと語るのです。窮地に立たされた主人公に手を差し伸べる男を屈託なく登場させることで。

この大らかな物語を、アイデンティティについて語っている、と評するのは穿(うが)ち過ぎでしょうか。しかし、小さな生き物が、周囲とは異なる自身を肯定し、安心できる場所を見つけていくさまは、気取らない応援歌のように、おぼつかない幼い人たちの毎日をアシストするに違いないのです。

 

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

 

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