「科学する料理研究家」平松サリーさんが、料理に役立つ知識を科学の視点から解説します。お子さまと一緒に科学への興味を広げていきましょう。
※本記事は、2023年5月25日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。
ひと手間加えて、しっとりジューシー!

チキンソテーは、鶏肉をフライパンで焼くだけのシンプルな料理ですが、下ごしらえや焼き方の工夫で仕上がりに差が出ます。
鶏肉を安全に食べるには、中までしっかり火を通す必要があります。一方で、肉を加熱するとタンパク質が変化し、水分が搾り出されていくので、加熱しすぎるとパサついたり硬くなったりしがち。火の通し方が難しいですよね。そこでおすすめなのが下ごしらえに肉をマリネすること。肉を酸性の調味液に一晩漬けておくことで肉の保水性が増し、しっかり加熱してもしっとりジューシーに仕上がるのです。
また、焼くときは皮に含まれる水分を取り除き、皮の表面全体をまんべんなく高温にするように意識すると、皮がパリッと香ばしく焼き上がります。
今回は、チキンソテーをよりジューシーに香ばしく食べるための下ごしらえと焼き方のコツを科学の視点で解説します。
マリネチキンのソテー
材料(2人分)
・鶏肉 1枚(350g程度)
*塩 小さじ2/3(鶏肉の重さの1%強)
*オリーブオイル 大さじ1
*白ワイン 大さじ1
*レモン汁 小さじ1
*おろしにんにく 少々
*胡椒 少々
*ローズマリーやタイムなどのハーブ お好みで
・サラダ油 適量
・付け合わせの野菜(レタス、ミニトマトなど)
1.下ごしらえ
鶏肉は2等分して、身が厚い部分は包丁を入れて薄くする。
肉の繊維に対して直角になるように、3cm幅に切り込みを入れる。切り込みの深さは、肉の厚さの半分程度が目安。
ポリ袋に*を入れて外からもんで混ぜる。

鶏肉を加えてなじませたら、空気を抜いて袋の口を縛り、冷蔵庫で一晩寝かせる。

ポイント
マリネとは、酢やワインを使った調味液(マリネ液)に食材を漬けること。南蛮漬けのように調理済みの食材をマリネ液にひたし、味付けするのもマリネですが、下ごしらえとして加熱前の肉や魚を漬け込むこともマリネといいます。昔は酢が使われていましたが、最近ではレモン汁などの果汁やワイン、ヨーグルトなどを用いることが多いようです。
肉を酸性のマリネ液につけておくと筋肉の組織がゆるみ、水分を保持しやすくなるため、加熱してもしっとりジューシーに仕上がるという効果があります。できあがったソテーにもほんのり酸味が残るため、唾液の分泌が促され、実際の水分量以上にジューシーさを感じやすいという効果も期待できます。
また、酸性にすることで、肉自体が持つタンパク質分解酵素のはたらきが活発になるため、肉がやわらかくなります。ソテーなど短時間で仕上げる料理だけでなく、煮込み料理の下ごしらえにもいいですよ。
2.常温に戻す
冷たいと中まで火が通るのに時間がかかるため、鶏肉は焼く前に常温に戻しておく。ぬるま湯を入れたボウルにポリ袋ごとひたして5分程度置いておくと早く戻ります(雑菌が繁殖しやすい温度なので、ひたした後はすぐに加熱しましょう)。

3.加熱する
鶏肉をポリ袋から出して、キッチンペーパーで水気を拭き取る。
温めたフライパンにサラダ油を引いて鶏肉を並べる。フッ素樹脂加工のフライパンの場合は常温の状態で鶏肉を並べてから火にかける(油は不要)。
弱めの中火で皮をじっくり焼く。フライ返しなどで押さえるか、水を入れた小鍋などのおもしを乗せて3分程度焼く。おもしを外してさらに5分ほど焼く。
ポイント
肉をやわらかくジューシーに仕上げるという観点だけで考えると、火加減はなるべく穏やかに、低い温度で加熱するのがよいでしょう。しかし、チキンソテーの場合はある程度高温で焼いたほうが皮がこんがり香ばしく、パリッと仕上がるので総合的なおいしさが増します。火加減が強すぎても中まで火が通る前に焦げてしまうので、強すぎず弱すぎず、中火くらいで加熱しましょう。
ソテーの焼き色や香ばしいにおいは、アミノ酸と糖とが高温で加熱されることで起こるメイラード反応によって作られます。この反応が十分に進む温度で加熱することが、ソテーをこんがり焼くためのポイントになります。
鶏肉の皮は、ほとんどが水分と脂肪でできていて、加熱するとこれらが外にしみ出してきます。出てきた水分が皮とフライパンの間に残ってジュワジュワとした音を立てている状態では、皮の温度が100℃以上に上がりにくく、メイラード反応がなかなか進まないので、もう少し火を強めてください。出てきた水分が蒸発して油だけが残った状態では、ジュージューパチパチと揚げ焼きのような音がします。この状態を目指しましょう。
水分が蒸発し、皮の表面温度が十分に上がると、こんがりとした焼き色とよい風味がつきます。また、この状態で加熱を進めていくと、皮から水分や脂肪がすっかり出ていって、パリッとした仕上がりになります。
4.ひっくり返す
皮がこんがりと焼けたら裏返し、弱火で2〜3分焼いて、中まで火が通れば火を止める。
器に盛り付け、付け合わせにミニトマトやレタスなどを添える。
皮全体をこんがりさせる工夫
こんがりとした焼き色と風味もソテーのおいしさを決める大切な要素です。フライパン加熱は、フライパンに接する部分が強く加熱されるので、まんべんなく焼き色をつけるには、皮全体がしっかりとフライパンに接するようにする必要があります。
ところが、鶏肉をそのままフライパンに入れて焼くと、肉自体の形状や縮みによって皮目に凸凹が生じます。そのため、フライパンに接してこんがり焼ける部分とそうでない部分とができてしまうのです。これを抑えるためには、下ごしらえのひと手間と、焼くときのひと手間が重要です。
まず、下ごしらえでは鶏肉の繊維を断つように切り込みを入れましょう。これにより、加熱時の縮みによって肉が反ってしまうのを抑えることができます。焼くときには最初の数分間、フライ返しで肉を押さえたり、鍋などのおもしを乗せたりして肉を平らにしましょう。これにより皮目が平らな状態で固まるので、全体がしっかりと加熱されやすくなります。
6/22(木)更新の次回では、「葛粉入りで喉越しなめらかな水羊羹」について、科学の視点から解説いたします。お楽しみに!
科学する料理研究家、料理・科学ライター
平松 サリー(ひらまつ・さりー)
科学する料理研究家、料理・科学ライター。京都大学農学部卒業、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。生き物がつくられる仕組みを学ぼうと、京都大学農学部に入学後、食品科学などの授業を受けるうちに、科学のなかに「料理がおいしくできる仕組み」があることを知る。大学在学中に、科学をわかりやすく楽しく伝えたいとブログを始め、2011年よりライター、科学する料理研究家として幅広く活躍している。著作には『おもしろい! 料理の科学 (世の中への扉)』(講談社)などがある。