「科学する料理研究家」平松サリーさんが、料理に役立つ知識を科学の視点から解説します。お子さまと一緒に科学への興味を広げていきましょう。
※本記事は、2023年8月24日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。
なんで長持ち? 食品保存のしくみを学ぼう!
食べ物は時間の経過とともに傷んだり腐ったりします。収穫した野菜をしばらく保管しておいたり、肉や魚を遠くに運んだりするためには、傷みにくく腐りにくくする工夫が必要です。はるか昔から、私たち人類は様々な方法を駆使して食材を長持ちさせる技術を発達させてきました。
最も古い方法は乾燥です。次に砂糖漬け、塩漬け、酢漬けや発酵などの方法が発見され、その一部は伝統的な保存食として今も食べられています。また、缶詰やレトルト食品が発明されると、食品の味を大きく変えることなく長期間保存できるようになりました。
いわゆる保存食ではない食品を長持ちさせるための工夫もあります。スーパーやコンビニで売られているパンが手作りパンより長持ちするのはなぜでしょうか。個包装のお餅がかびないのはなぜでしょうか。
今回は、食べ物を長持ちさせるための様々な工夫や技術について紹介します。お子さんと一緒に調べてみるのも面白そうですね。
伝統的な保存技術
食品の多くは、微生物による腐敗や空気中の酸素による酸化など、時間の経過とともに状態が変化し、劣化します。これを防ぐため、人類は様々な工夫をしてきました。
最も古い保存技術と考えられているのが「乾燥」です。ほとんどの微生物は水がなければ増殖することができません。水分が多い食べ物は腐りやすく、少ない食べ物は長持ちします。そのため、干し肉や魚の干物、干し椎茸、煮干しなど、様々な食べ物を乾燥させて保存してきました。そうめんやパスタなどの乾麺も、麺を乾燥させることで保存性を高めているものです。
食品に含まれている水分を、微生物が利用しにくい状態にするという方法もあります。塩や砂糖が高い濃度で水に溶けこむと、これらの分子が水と結びつき「結合水」という状態になります。このような水分は微生物にとって利用しにくいため、食品を塩漬けや砂糖漬けにすると腐りにくくなるのです。伝統的な漬物やジャムも、この性質を利用した食品と言えます。ただし、現代では冷蔵技術・流通の発達により昔ほど保存性を高くする必要がなくなり、消費者の健康意識にも配慮して、塩分や糖分が控えめなものも増えています。そのような場合、伝統的なものに比べて保存性が落ちるので、冷蔵保存して早めに食べきることをおすすめします。
酸やアルカリによって微生物のはたらきを抑えたり、殺菌したりする方法もあります。イメージしやすいのはらっきょうなどの酢漬けでしょう。また、ヨーグルトや発酵漬物は、乳酸菌などの菌が作り出す酸によって、他の微生物のはたらきを抑え、保存性を高めています。アルカリ性の食品はあまり多くありませんが、こんにゃくやピータンなどが知られています。
現代の保存技術
19世紀になると缶詰の技術が発明されます。缶詰は、食品を缶に入れて密封し、微生物の出入りができない状態にしてから加熱殺菌します。生きた微生物がいなくなれば微生物による腐敗は起こらないので、常温でも食品が長持ちするのです。レトルト食品も缶詰とほとんど同じ原理ですが、食品を密封する際に窒素ガスを使うことで、酸素が入るのを極力少なくすることができます。これにより酸化による劣化も抑えられます。
缶詰やレトルト食品ほど厳密ではありませんが「パッケージ内の微生物を極力減らす」「微生物が出入りできないよう密封する」という方法は様々な食品に用いられています。例えば、手作りのパンは季節によっては1〜2日ほどでカビが生えてしまいます。しかし、スーパーやコンビニで販売されている工場生産のパンは、賞味期限が数日〜1週間ほどあり、梅雨時でも未開封であればカビは生えません。なぜでしょうか。パン生地を焼き上げると、高温によりパンは一時的に無菌の状態になります。これを、清潔に保たれた工場内で袋詰めし、密封することで菌が非常に少ない状態を保っているのです。なお、パッケージを開けると外から菌が混入するので、開封後はなるべく早く食べた方が良いでしょう。
ツナと塩昆布の保存食パスタ
材料(2人分)
・パスタ(1.6mm) 160g
・塩昆布 8g(大さじ2程度)
・ツナ缶 1缶
・オリーブオイル 小さじ2
・醤油 小さじ1/2〜1
・粗挽き黒胡椒
・塩
ポイント
乾麺や缶詰は使いやすい保存食品の代表例。多めにストックしておくと、災害時の非常食にもなります。なお、缶詰は密閉した缶を加熱殺菌することで保存性を高めているため、開封後は長持ちしません。使いきらない場合は保存容器などに移して冷蔵庫に入れ、早めに食べきりましょう。
1.パスタをゆでる
鍋にたっぷりの湯を沸かし、0.5%程度の塩を加える。パスタをパッケージの表示通りにゆでる。
2.材料を合わせる
ボウルにツナを缶汁ごと入れる。塩昆布、醤油、オリーブオイルを加えてざっくりと混ぜ合わせる。
ポイント
塩昆布は塩漬けではありませんが、塩分濃度が高く長持ちする食品です。乾物の昆布に比べ、手軽に使えてうま味が溶け出しやすいので、和え物などの料理に便利です。ツナ缶と合わせると昆布のうま味成分・グルタミン酸とツナ缶のうま味成分・イノシン酸の相乗効果でうま味が倍増します。ツナ缶は缶汁にもうま味が溶け出しているので、丸ごと使いましょう。
3.和える
パスタがゆであがったら、ザルにあげて湯を切り、2に加える。パスタについた水分とオイルを乳化させるようなイメージでよく混ぜる。
お皿に盛り付け、粗挽き胡椒をかけてできあがり。お好みで大葉の千切りをのせてもよい。
パッケージに入っているあの小さい袋
お菓子や乾物などの袋を開けると「食べられません」と書かれた小袋が入っていることがあります。これは乾燥剤や脱酸素剤などの鮮度保持剤で、いずれも食品を長持ちさせるために用いられています。
乾燥剤は、名前の通り水分を吸収してパッケージ内を乾燥した状態に保つためのものです。せんべいや海苔など、湿気で品質が落ちやすい食べ物によく用いられます。生石灰や塩化カルシウムのように、水と化学反応することで吸湿する化学的乾燥剤や、シリカゲルのように、表面に無数の小さいあながあいていて、そこに水分を吸着する物理的乾燥剤があります。
脱酸素剤は密閉したパッケージ内の酸素を吸収し、酸素がほとんどない状態を作り出すものです。鉄が酸素と結びつく性質を利用していて、使い捨てカイロと同じ仕組みです。酸素は微生物の増殖、油脂の酸化など、食品を劣化させる様々な変化に関わっているので、これを取り除くと衛生面でも風味の面でも日持ちが良くなります。マドレーヌやパウンドケーキなどのお菓子やお餅、味噌のパッケージに入っていることもあります。
乾燥剤の場合、開封後も吸湿効果が残っていることが多く、乾燥剤を入れたまま再度密閉しておくとある程度効果を発揮します。一方、脱酸素剤は一度開封すると、空気中の酸素と急速に反応して効果を失ってしまうので再利用はできません。開封後は取り出して捨ててしまいましょう。
9/28(木)更新の次回では、「ベイクド・アラスカを作ってみよう! ~外はあったか中はひんやりスイーツ~」について、科学の視点から解説いたします。お楽しみに!
科学する料理研究家、料理・科学ライター
平松 サリー(ひらまつ・さりー)
科学する料理研究家、料理・科学ライター。京都大学農学部卒業、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。生き物がつくられる仕組みを学ぼうと、京都大学農学部に入学後、食品科学などの授業を受けるうちに、科学のなかに「料理がおいしくできる仕組み」があることを知る。大学在学中に、科学をわかりやすく楽しく伝えたいとブログを始め、2011年よりライター、科学する料理研究家として幅広く活躍している。著作には『おもしろい! 料理の科学 (世の中への扉)』(講談社)などがある。