「科学する料理研究家」平松サリーさんが、料理に役立つ知識を科学の視点から解説します。お子さまと一緒に科学への興味を広げていきましょう。
ひと工夫でやわらかく 甘くて食べやすい生姜焼き
「酵素」という単語をご存知でしょうか。聞いたことはあるけれど、何なのかはよくわからない、という人も多いのではないでしょうか。酵素は、生物のなかで起こる様々な化学反応を促進する分子で、主にタンパク質でできています。たとえば、私たちの唾液のなかにはデンプンを分解する酵素が含まれているので、ご飯をよく噛んでいるとデンプンが糖に変わり、甘く感じられます。胃や腸でもタンパク質や脂肪、炭水化物を分解し、吸収しやすい小さな分子に変えるために、様々な消化酵素が活躍しています。
私たちがふだん使っている食材にも酵素は含まれています。なかでも便利なのがタンパク質分解酵素で、肉をやわらかくしたり肉の味わいを増したりする効果が期待できます。
今回は、生姜に含まれるタンパク質分解酵素の力をうまく使って肉をやわらかくし、ママレードを使うことで冷めても美味しい生姜焼きのレシピを紹介します。
豚肉のママレード生姜焼き
材料(2人分)
- 豚肉(生姜焼き用) 200g
- 生姜 30g
(生姜の風味や辛味が苦手な場合は、生姜15g+玉ねぎ15gにする) - 薄力粉 適量
- 醤油 大さじ1
- ママレード 大さじ2
(普通の生姜焼きにする場合は、ママレードの代わりにみりん大さじ2を加える)
<付け合わせ>
千切りキャベツ、トマトなど
1.豚肉に生姜をまぶす
生姜は皮をむいてすりおろす。
豚肉の両面におろし生姜をまぶし、10〜20分ほど常温で置いておく。
(切り落としなど、生姜焼き用より薄い肉を使う場合は5〜10分程度)
醤油とママレードを混ぜ合わせておく。
ポイント
生姜や玉ねぎなどの野菜や、キウイ、パイナップル、パパイヤ、イチジク、ナシなどの果物には、タンパク質分解酵素が多く含まれています。この酵素はタンパク質を分解し、アミノ酸に変える効果があるため、肉の組織を部分的に分解してやわらかくしたり、アミノ酸によってうま味を増したりすることができます。
ポイントは「生で使うこと」。加熱すると酵素が壊れてしまうので、缶詰やジャムなどは使えません。チューブ入りの生姜も便利ですが、酵素の働きを利用する場合は、生のものをすりおろして使いましょう。また、肉を煮たり炒めたりするときに一緒に加えると、すぐに熱で壊れてしまうので、加熱前に漬け込むことが大切です。生の野菜や果物をすりおろしたり絞ったりして、肉にまぶしたり、調味料と混ぜて肉を漬け込んだりしてから調理しましょう。
漬ける時間は野菜や果物の種類によっても変わりますが、分厚い肉ほど長くかかります。生姜焼き用の肉におろし生姜をまぶす場合は、常温で15分前後が目安。長すぎると肉がボロボロになってしまいます。ポークソテーのように厚みのある肉の場合は少し長めに、切り落とし肉など薄めの肉は短めにしましょう。
また、冷蔵庫の中など低い温度の場所では、常温下にくらべて酵素の作用は遅くなります。他の料理の支度や急な来客ですぐに焼けないときは、冷蔵庫に入れておくと所要時間が3〜4倍に伸びるので、少し時間を稼ぐことができますよ。
2.薄力粉をまぶす
豚肉のまわりについたおろし生姜をぬぐいとる。
(生姜の辛味が好きな場合は、ぬぐったおろし生姜をとっておいて、4で調味料と一緒に入れる)
両面に薄力粉を薄くまぶし、軽く叩いて余分な粉を落とす。
3.焼く
フライパンにサラダ油を入れて熱し、豚肉を入れて焼く。
焼き色がついたら裏返す。
4.味付け
豚肉に火が通ったら、醤油とママレードを加えて煮詰めながら絡める。
生姜のピリリとした辛さが好きな人は、2でぬぐいとった生姜も一緒に加える。
タレが全体に絡んだら火を止める。
お皿に盛り付け、キャベツとトマトを添えたらできあがり。
薄力粉をまぶしてしっとりと
タンパク質分解酵素の力を使うと、肉がやわらかくなるというメリットがある反面、肉汁が逃げやすくなるというデメリットもあります。そこで役に立つのが表面にまぶした薄力粉です。薄力粉に含まれるデンプンは、水分とともに加熱すると糊状になるため、肉の表面をコーティングしてしっとり感を保ってくれます。また、タレが絡みやすくなるという効果もあります。
今回のレシピではさらに、ママレードを使うことでタレのとろみが増し、肉にしっかりと絡むようになっています。ママレードやジャムは、果物に含まれるペクチンという成分が糖と結びつくことで、ゼリー状に固まる性質を利用して作られています。冷めるととろみが増すので、タレが流れて他の料理につくのを防ぐことができ、お弁当にもぴったり。お弁当は冷めた状態で食べることが多いので、通常の食事よりも風味を感じにくくなるのが難点ですが、ママレードと生姜が風味を増強してくれるので、冷めてもおいしく食べられます。
次回は「ホットケーキ」について、科学的な要素に焦点を絞って解説いたします。どうぞお楽しみに!
科学する料理研究家、料理・科学ライター
平松 サリー(ひらまつ・さりー)
科学する料理研究家、料理・科学ライター。京都大学農学部卒業、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。生き物がつくられる仕組みを学ぼうと、京都大学農学部に入学後、食品科学などの授業を受けるうちに、科学のなかに「料理がおいしくできる仕組み」があることを知る。大学在学中に、科学をわかりやすく楽しく伝えたいとブログを始め、2011年よりライター、科学する料理研究家として幅広く活躍している。著作には『おもしろい! 料理の科学 (世の中への扉)』(講談社)などがある。