今、多くの子どもが便秘に悩んでいるのを知っていますか? 便秘は、腸内の環境が悪化しているサイン。放っておくと、腹痛、風邪、アレルギー、イライラ……など、その影響は全身へと広がっていきます。「便秘を治すには、日々の生活習慣の改善が何よりも大事」と話すのは、40年近く、腸の不調に苦しむ多くの患者を診てきた消化器内科医の松生恒夫先生。食事や生活リズムなど、あらゆる角度から、薬いらずの「元気な腸」を育てる方法を教えてもらいました。
※本記事は、2023年5月25日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。
5割以上の子どもが便秘!?健やかな日常は、元気な腸から始まる
――松生先生の「便秘外来」を訪れる患者さんに、最近は小学生の子どもも増えているそうですね。
そうなんです。小児科・消化器科を受診する子どものうち、4人に1人が便秘に悩んでいる状況です。そこで以前、製薬会社と一緒に小学生の排便実態を調べたところ、「毎日の排便がない」と答えた子どもが52.6%。5割を超える驚きの結果でした。さらに、その子どもの親に聞くと「子どもの排便は順調だと思う」という回答が8割近く。つまり、親は子どもの便秘に気づいていないケースが大半なんです。
――確かに、子どもの成長とともに、排便の状況を把握しづらくなりますね。便秘を放っておくと、どうなるのですか?
通常、大人の便はS字結腸(結腸の末端部分)にたまりますが、子どもの便は、大人よりももっと下の方、肛門の直前にある直腸にたまることが多いんです。直腸に便がたまると、腹痛やお腹の張りが起こりやすくなります。そのせいで、勉強や遊びに集中できなかったり、学校へ行く意欲が落ちたり、食欲がなくなったりといったことが起こります。
――日常生活に支障が出てきますね。
ほかにも、腸内に老廃物が長くとどまることでアンモニアなどの有害ガスが発生し、口臭や体臭、肌荒れの原因になることも。また、腸内環境が悪化すると全身の免疫機能が落ちますから、風邪やアレルギー、将来の大腸がんのリスクも高まってしまいます。
――腸内環境と免疫機能は、つながっているのですか?
その通り。腸は「第二の脳」と呼ばれるのをご存じですか? 体の中で、腸は脳に次いで神経細胞が密集している器官なんです。その数およそ1億個。全身の免疫を司る「リンパ球」も、その60%が小腸に集まっています。リンパ球とは、体の中に入ったウイルスや細菌を撃退し、病気から身を守ってくれる「人体最大の免疫器官」。そのすばらしいシステムも、腸が元気でなければ、力を発揮できないんです。
――腸はまさに全身の健康へとつながっているのですね。
だからこそ、子どもの便秘を放っておいてはいけません。人が常に呼吸しているのと同じで、排便も生きていく上で欠かせない生理現象なんです。そこが異常をきたしているのなら、今すぐ生活を見直さなければいけません。
排便は、腸と脳の連係プレー。 朝食抜き、トイレの我慢、ストレスは要注意!
――子どもの便秘が増えているというお話がありましたが、その理由は何だとお考えですか?
その原因はいろいろありますが、とくに影響しているのが、朝食を食べない子どもが増えていること。とりわけ小中学校の男子の「ほとんど食べない」割合が増加しています。
――朝食が大事なのですね?
はい。ここで簡単に、排便のメカニズムについて説明しますね。人は夜眠りますが、胃腸もそのときゆっくり休息をとるんです。やがて朝がきて、朝食を食べる。すると腸全体が一日の中でもっとも強い刺激を受け、収縮運動を始めます。これを「腸のぜん動運動」と呼ぶのですが、その収縮の力で、便は直腸まで運ばれていきます。直腸に便が到達すると、その刺激が脳に伝わり「便意」が発生。便を出したくなるわけです。すると今度は、脳が腹筋や横隔膜に信号を送り、最終的な出口である肛門まで便を押し出す運動が始まります。
――腸と脳が信号を送り合って、排便に至るのですね。
そう。もし朝食を抜くと、こうした一連の排便システムを起動するための、最初のスイッチが入りませんよね。排便の一大チャンスを逃してしまうわけです。逆に、ちゃんと朝食をとれば、1時間以内にスイッチが入り、便意が生まれます。朝はトイレに座る時間のことを考え、余裕をもって行動できるといいですね。
実は、その我慢もよくないんですよ。せっかく起こった便意を我慢することが続くと、腸の刺激に対する感受性がにぶって脳への信号も弱まり、そのうち便意を感じづらくなってしまいます。そうして腸にたまった古い便はどんどん硬くなり、無理に出そうとすると、肛門が切れて出血する恐れも。それが辛くてますます我慢してしまうという、まさしく悪循環ですね。「排便したくなったら、すぐに出す」ことをお子さまにもぜひ伝えてほしいと思います。
――「緊張するとお腹が痛くなる」といった現象があるように、腸はストレスともつながっているような気がします。
ストレスも腸にとっては大敵です。ストレスを感じると、自律神経が乱れますよね。この自律神経、実は排便にも大きく影響していて、副交感神経が優位のときは腸管が収縮して便が出やすい状態、逆に、交感神経が優位のときはぜん動運動が弱まって便が出にくい状態になる仕組みになっているのです。自律神経のバランスが崩れると、腸のリズムも狂い、腸と脳の連係プレーがうまくいかなくなってしまいます。子どもは、友だちとのトラブルや勉強や習いごとの悩みなど、大人以上に繊細ですよね。また、最近は寝る時間が遅い傾向にあり、生活リズムも崩れがちです。そうしたことがストレスとなり、便秘が悪化しているのかもしれません。
――高学年になると、受験や人間関係など、ストレスはますます増えそうですね。
合間を見て、趣味を楽しんだり、ストレス発散法を見つけたり、ゆっくりくつろぐ時間を大切にしてください。腸はリラックスしているときにこそ、もっとも活動的に動く器官です。胃腸の働きを改善する方法には、スローテンポの音楽を聴く「音楽療法」というものもあるんですよ。
腸の健康を決めるのは、食事が9割!子どものうちから、腸内細菌バランスを整えよう
――松生先生は、腸に効くレシピ本も多数出されていますね。
腸内環境を整えるには、何よりも、食生活が大事なんです。子どもを連れて病院に来る保護者の方に話を聞くと「実はわたしも便秘で……」ということがよくあります。親子は毎日ほぼ同じものを食べていますから、当然ですね。「便秘はズバリ親次第!」といってもいいでしょう。
――責任重大ですね。便秘対策といえば、やはり食物繊維ですか?
はい。日本人は全体的に食物繊維不足といわれていますが、食物繊維は、便をやわらかくしてカサを増し、排出しやすくするのに欠かせない栄養素です。キウイ、おから、オクラ、ごぼう、海藻、きのこなど、いい便をつくる食材を積極的にとりましょう。同時に、腸内細菌のバランスを整えてくれる食材も大事です。
――腸内細菌のバランスとは?
腸の中を顕微鏡でのぞくと、腸内細菌が種類ごとに広がって花畑のように見えるのですが、この菌の群れは3種類に分けられます。1つ目は、腸内を酸性にして悪い菌が生育できない環境に整えてくれる「善玉菌」。2つ目は、腸内を腐敗させてさまざまな不調の原因となる「悪玉菌」。3つ目は、中立の立場で、善玉菌と悪玉菌のどちらか勢いのある方に傾く「日和見菌」。この3つが「2(善玉菌):1(悪玉菌):7(日和見菌)」のバランスになっている状態が理想的といわれています。ちなみに、このバランス、子どものうちにある程度決まってしまうんですよ。
――どんなものを食べれば、理想のバランスに近づけるのでしょうか。
善玉菌のエサとなり、善玉菌を増やしてくれる食材をたくさんとれるといいですね。日本の伝統食である味噌、醤油、甘酒、漬物といった発酵食品。また、牛乳、ヨーグルト、バナナ、玉ねぎ、はちみつ、キャベツなどに含まれる「オリゴ糖」も、子どもの善玉菌に好まれるのでおすすめです。善玉菌にも十人十色の好みがあるので、いろいろな食材をとるように心がけてください。
――先生はご著書の中で、オリーブオイルもおすすめされていますね。
オリーブオイルに含まれるオレイン酸は、小腸で吸収されにくいため、小腸全体を刺激しスムーズな排便を促してくれます。まさに天然の下剤と言えます。食物繊維の代表格であるキウイにかけたり、「オリーブオイル+塩」をバター代わりにパンにぬったり、揚げ油をオリーブオイルに代えたりしながら、子どもの場合1日につきティースプーン1杯を目安にとってみてください。ココアなどのホットドリンクに垂らすと、保温効果が高まり腸の冷えも予防してくれますよ。
排便記録で子どものSOSに気づこう
――大事なことだとわかっていても、子どもが大きくなると、便のことを話しづらくなりますよね。
そんなときは、排便の記録をつけましょう。ノートでもパソコンでもOK。子ども自身でつけるのが難しい場合は、親が代わって書いてあげてください。記録の内容は、「便の量・回数」「便が出た時間」「お腹の状態」「3食の食事内容」「その日にあったこと」。はじめは面倒に感じても、習慣化してくると、だんだん苦にならなくなってくるはずです。
――文字に残すことで、親子で情報共有しやすくなりますね。
この記録が数カ月続くと、「オリーブオイルをとったときは便通がいいみたい」「試験の前は必ず便秘になる」など、子どもの排便傾向が見えてきます。体調不良のときも解決策を見つけやすくなりますし、子ども自身も自分の健康管理ができるようになっていくと思います。
――記録をつけていて、どんな症状が出てきたら要注意ですか?
コロコロした硬い便は、水分や食物繊維不足。便やおならのにおいがきついときは、くさいガスを出す悪玉菌が多い証拠ですから、腸内環境が乱れています。スムーズに排便できない、排便のときに痛い、便意を感じない、便に血がついている、なども危険信号です。毎日便が出ていてもお腹がスッキリしないようなら、便秘の可能性があります。
――そんなとき、食事以外にも対処法はありますか?
まずは、朝起きたらコップ1杯の水を飲みましょう。とくに子どもは寝ている間にもたくさんの汗をかきますから。水分不足は便が硬くなる原因になります。また、空っぽの腸に水が入ることで腸が刺激され、朝食によって起こる「ぜん動運動」がより強く引き起りやすくなります。ほかには、夕食の時間も重要ですね。寝る3時間前には夕食を食べ終わっていてください。
――3時間前!早いですね。
夜寝ているときは、消化管をきれいにする「モチリン」というホルモンが分泌されるのですが、これは胃が空っぽになっていないと分泌されないのです。寝る前にどうしてもお腹がすいたら、固形物を避け、ホットミルクやお茶を飲んでみてください。
――運動に関してはいかがですか?「便秘体操」なんて言葉もよく耳にします。
難しく考えず、1日30分、少し汗をかく程度のウォーキングをするだけでも排便力がアップしますよ。運動中は腸が活発に動くほか、代謝もよくなり、自律神経も整います。また、排便力をつけるためには腹筋と背筋が重要ですが、ウォーキングは全身を使うので、これらの部位の刺激、維持にも役立ちます。軽いストレッチ、水泳、ヨガなどもおすすめです。あとは、腸を温めることも大事ですね。腸管の筋肉をゆるめる効果のある「ハッカ油」を温タオルに染み込ませてお腹に当てたり、湯船に浸かって腸のあたりをやさしくマッサージをしたり、腹巻で冷えを防いだり。リラックスをキーワードにして、体の外からも腸のケアができたらいいですね。
――まさに薬に頼ることのない、松生先生の「腸育」。すぐに実践できそうなアイディアがいっぱいですね。
薬を使い続けると、腸の働きはどんどん落ちてしまうので危険です。生涯健康で楽しく過ごすためにも、元気な腸や便は「自分でつくる」という意識を忘れないでくださいね。
――ありがとうございました。
松生恒夫(まついけ・つねお)
医学博士。松生クリニック院長。1955年、東京生まれ。1980年、東京慈恵会医科大学卒業。同大学第三病院内科助手、松島病院大腸肛門病センター診療部長などを経て、2004年1月に東京・立川市に松生クリニックを開業。日本内科学会認定医。日本消化器内視鏡学会専門医・指導医。日本消化器学会認定専門医。著書多数。近著に『暑さに負けない腸のリハビリ』(シロクマブックス)、『「排便力」をつけて便秘を治す本~専門医のアドバイスで「健康な腸」を取り戻そう~ 』(光文社)。