今月のテーマは【風の魔法】です。
ある〈感じ〉がわいてくる
夏におばあちゃんの家にとまりにきて、お庭にさんぽに出て、黒い実がたくさんなったクロスグリの木のところまで来ると、あ、そういえば小さいとき、ここで……と、ふだんはわすれている、ある〈感じ〉がわいてくるのでした。
おとうさんもおかあさんも、もう帰ったけれど、リリちゃんは、ひとりで、まだここにいる。庭からもどると、おばあちゃんが、今度〈はなれ〉にお客さんが来るという。――「おばあちゃんのお友だちのフサ子さん。1週間くらいいると思うの。おもしろくて、やさしいおばあさんよ。なかよくしてね」
やがて、〈はなれ〉にやってきたフサ子さんは、庭にいたリリちゃんに声をかけてくれた。――「あら、リリちゃん、ちょっと来ない?」フサ子さんは、お話を書いている人で、リリちゃんに書きかけの新しいお話を読んで聞かせてくれることになる。
風が運ぶ絵
と、そのとき、ハンカチがふわっと頭からはずれて、そばの地面に落ちてすべっていった……と思うと、風にふわりと持ちあげられ、プラタナスのこずえよりもまだ高くまでまいあがり、あれよあれよというまに、空のほうへととんでいって、とけたように見えなくなったのでした……!
「絵姿女房」は、ことしの3月号でとりあげたばかりだが(今江祥智・赤羽末吉『えすがたにょうぼう』BL出版、2023年)、今回は、稲田和子他『子どもに語る日本の昔話3』で紹介する。
ある日、男がいつものように木を切っていると、いきなりゴーッと大風がふいてきて、あっという間に、大事な絵姿を空の高いところへふきとばしてしまった。
雨にぬれた馬
エーレブローの町で、家畜の大市が開かれる前の日のことでした。
雨がふっていました。滝のような激しい雨で、人々は「これはきっと、カイサのせいだ」と口々にいいました。
今月ご紹介した本
『リリの思い出せないものがたり』
たかどのほうこ・作、高橋和枝・絵
ポプラ社、2024年
水玉のハンカチを風にとばされた女の子は、こう祈る。――「どうかあのハンカチが、いい人のところに行きますように。そしてその人をよろこばせてあげて、だいじにされますように」
フサ子さんのお話は、順々に語られて、おしまいには、リリちゃんのある〈感じ〉につながることになる。
『子どもに語る 日本の昔話3』
稲田和子・筒井悦子
こぐま社、1996年
殿様は、絵姿の女房を家来たちにさがし出させて、無理やり城につれてこさせる。さあ、木こりは、どうしただろう。
『子どもに語る 日本の昔話』全3巻の3冊め。「絵姿女房」のほか24編が収められている。「絵姿女房」は、鳥取県の昔話だというが、同じ話でも、語り手によって語りかたがちがう。3月号の『えすがたにょうぼう』とくらべて読むのもおもしろい。『えすがたにょうぼう』の巻末には、「この話は新潟地方を中心に、あちこちで語りつがれ語りかえられています。」と記されていた。
ニルスが出会った物語2『風の魔女カイサ』
セルマ・ラーゲルレーヴ 原作、菱木晃子 訳/構成、平澤朋子 画
福音館書店、2012年
セルマ・ラーゲルレーヴ『ニルスのふしぎな旅』(1906-07年)から六つの物語を選んで構成されたシリーズの2冊め。2年前に死んだ父親から財産を引きついだ35歳の男が、父との葛藤をこえて、少年時代に夢中で世話した馬と出会い直す。これも、風が動かす物語だ。
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。