答えのない問題に立ち向かえる子に〜不確実な時代を生き抜くヒント

「VUCA」という言葉をご存じでしょうか。変動(Volatility)、不確実(Uncertainty)、複雑(Complexity)、曖昧(Ambiguity)の頭文字をとった、将来の予測が困難な状況を意味する造語です。「VUCAの時代」といわれる現代。子どもたちを取り巻く状況も日々変化しています。その変化を乗り越え、力強く自分の足で歩いていくために、子どもたちにはどのような力が必要となるのでしょうか。そして我々大人たちも変わるべき点とは。シティズンシップ教育の第一人者である教育学者の小玉重夫先生にうかがいました。
(取材・文 松田 慶子)

※本記事は、2022年7月28日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。

 

世界は、誰も正解がわからない時代に

――学校でタブレット端末が配られたり、宿題でネットでの調べ学習が出たり。コロナ禍の影響を除いても、小学校での学びが自分のころとはまったく違うと感じている保護者の方は多いようです。この変化は何を背景に起こっていて、子どもたちはどのような状況に置かれているのでしょうか。

タブレット端末配布の話が出ましたので、「GIGAスクール構想」を軸に、現代の子どもを取り巻く状況からお話ししますね。
「GIGAスクール構想」という言葉は、皆さん、聞いたことがあるのではないでしょうか。文部科学省が2019年に打ち出した教育改革の1つです。内容は、子どもたちに1人1台の端末と高速通信環境を提供するというもので、タブレット端末の配布はその一環です。当初なかなか進まなかったのですが、コロナ禍により授業のオンライン化が求められたことで急速に進展しました。
ところで、この「GIGA」って何のことだかわかりますか?

――情報容量のギガバイトの略ですか?

そう思う人が多いのですが、「Global and Innovation Gateway for All=すべての児童・生徒のための世界につながる革新的な入り口」の略です。つまり、子どもたち1人1人が、世界と直接つながることが重要で、そうできるような環境を整えようという取り組みといえます。

――なぜ、世界と直接つながることが大切なのでしょうか。

19~20世紀を通じ、人々は、年長者が蓄えた知識を若年者が学び社会に入っていけるようにすることが教育だと考えてきました。言い換えると、大人は正解を知っていて、子どもたちがその正解に近づけるように導くことが教育であり、それを行う場が学校だと考えたのです。これに基づき教育制度が整えられてきました。

しかし、今、社会は大きく変わっています。気候変動やグローバル化が進み、新型コロナウイルスのような新しいウイルスの影響はまたたく間に世界中に拡散しました。先に生まれた人が持つ知識では、解決できない。VUCAの時代と言われますが、誰も正解を知らない状況になっているといえます。
そうすると、大人が子どもに知識を伝えるという今までのやり方が通用しなくなります。

 

社会を変革する人の育成に、教育の目的がシフト

――身近な大人から教わることができないから、自分で世界とつながり答えを探さなくてはいけない。だからデジタルツールが必要、ということでしょうか。

いえ、どこかにある答えを探すという意味ではありません。
今までのやり方では行き詰まるので、誰かが社会を変えていかなくてはいけない。その変革する人材となることを子どもたちに期待しているのです。教育の目的の軸が、知識を伝えることから社会変革をしていく人の育成に移りつつあるといえます。ICT環境の整備は、学習の時間・空間的制限の克服や情報活用能力の育成などいくつかの面からそれを推進する手段です。

――ICT環境の整備自体が目的ではないのですね。

社会変革の担い手の育成は、世界的な潮流です。OECD(経済協力開発機構)が2019年に「Learning Compass 2030」(学びの羅針盤)という学習の指針を策定しました。その中でも、「エージェンシー」つまり社会をより良く変革していく主体をどう育成するかが教育の課題になっていく、とされています。

日本に話を戻すと、小学校では2020年に新しい学習指導要領が全面実施されました。その改訂も、未来の社会の創り手の育成を主軸にしています。
今年、成年年齢が18歳に引き下げられましたね。これも広い意味では、同様の考えに基づいています。より若いうちに社会に参画して、社会を変えていく主体として活躍してもらいたいという狙いです。

――子どもが社会を変える力をつけられるよう、学校や社会の仕組みを変えているのですね。

そうです。今はその過渡期なのです。

 

変革の担い手となるために、「探究する力」を育てる

――社会変革の主体というと難しく聞こえます。具体的にはどのような力が求められるのでしょうか。

学習指導要領では「探究」という言葉を使っています。高校の学習指導要領も「総合的な探究の時間」が導入されましたし、この春から使われる教科書には、生徒自身が主体的に考え学びを深めることを目的とした「答えのない問題」が多く掲載されるようになりました。小学校の「総合的な学習の時間」でも「探究的な学習」の充実が重視されています。

――探究的な学習とは、どういうことでしょうか。

正解を導き出す学びではなく、正解のない問いと向き合いながらさまざまな研究を深めていく学習です。それも、アクティブラーニングつまり「主体的・対話的で深い学び方」で学んでいく。たとえば稲作で農薬を使うことがいいか悪いかという問いがあったとしたら、子どもたちがそれぞれ農薬の役目や問題点を調べ、お互いに情報や意見を交換し、「農薬を使わないとどうなる?」など疑問を膨らませ探究していきます。

これを重ねることで、さまざまな分野の知見や多様な意見を聞き新しい知見を創成する力がついていくでしょうし、発見することの楽しさや好奇心が育ち、また自分自身のこともわかるようになります。これがまた社会にかかわっていく力になっていきます。

 

学校で「政」と「性」を扱う動きが加速

――子どもたちの探究心を育成するために、小学校ではほかにどのような取り組みがあるのでしょうか。

STEAM教育の推進もその1つです。これは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)に、Artつまり文科系学問を加えたもので、理系文系を融合させ革新を生み出す人材を育てようという教育です。小学校でもいろいろな形でSTEAM教育が授業に入っています。

また最近は「子どものための哲学(Philosophy for Children)」といって、小学生や幼児から哲学を体験させる動きが盛り上がりを見せ、導入している小学校や保育園、幼稚園も見られます。
たとえば私がかかわっているお茶の水女子大学附属小学校では、「幸せとは何だろう」「自由ってどういうことだろう」など、正解のないテーマについてみんなで対話します。自分自身の思考の訓練という意味もありますが、ほかの子の話を聞き、それで自分の考えをどう変えていくのかという対話の部分を重視します。これも探究的なエージェンシーをはぐくむ教育の一環といえます。

さらに大きな流れとして、学校教育の中に2つの「せい」が入りつつあることがあげられます。

――2つの「せい」とは?

政と性です。
日本の教育は、子どもを社会の色に染めないことに主眼を置いてきました。知識を教えるのが教育の課題だから、教育が終わるまでは、政治や性のような大人社会の色から子どもを保護しなくてはいけないと考えていたわけです。
しかし今はその前提が崩れてきています。

――社会の担い手になってほしいのに、社会を見せないというのでは、確かに矛盾しますね。

はい。むしろ積極的に政治や性について学ぼうという動きが大きくなっています。
私はシティズンシップ教育を推進しています。シティズンシップ教育とは、民主主義に参加する市民を育成する教育のことで、政治に参加するスキルとしての情報収集力や判断力、批判力、対話力などを育成します。これを総合的な学習の時間や教科の授業に取り入れる学校は増えています。実際に昨今、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんのように、政治に関心をもち意見を発信する小中学生が、日本でも見られるようになっています。

性教育のほうでいうと、LGBTQ(※性的少数者の総称の1つ)に関する問題を学校で扱うようになっています。これを受け、制服の規制を緩和して、ジェンダーレスな制服を導入する学校も現れています。
LGBTQは、ひと昔前の学校では絶対に話題にしませんでしたね。それが学校に入ることで、課題として顕在化し、多様性への配慮に向けた取り組みが進むわけです。社会問題を教育の中に入れていくことの意味の大きさを示す例だと思います。

 

親子で社会に目を向け一緒に話す

――社会変革の担い手となる力を子どもたちが身につけるために、家庭でできることは何でしょうか。

社会の変化にさらされているのは大人も同じなので、子どもの力を伸ばそうと思わず、大人も対等な立場で議論したり考えたりするといいと思いますよ。
政治や性の話もしてほしいですね。たとえばコロナワクチンの3回目の接種をどう思うか、といったことでもいいでしょう。

――小学生では「わからないよ」で終わってしまいそうです。

子どもが小さいうちは、まだ何が論点なのか判断できないかもしれません。そのようなときは大人が情報を収集し、論点を示すといいでしょう。たとえばコロナワクチンなら、日本政府が3回接種を推奨していること、その理由。一方でワクチン接種に反対な人がいること、その論拠。これらを伝え、論点が「リスクをどう考えるか」であると子どもに示し、考えさせ、自分も考えて意見を交わすという具合です。

――どのようなタイミングで、どう話し合えばいいのでしょうか。

テレビやインターネットなどを間に挟むとやりやすいですね。一緒にドラマを見て、「あなたならどうする?」と聞くのもいい。とりたてて合意を形成しなくともいいし、「へえ、そうなんだ」で終わってもいいのです。
コロナ下ではまだ難しいかもしれませんが、親子で一緒に社会に出ていく経験も増やすといいですね。スポーツ少年団の活動に加わったり、親子でボランティアに参加したり、機会はいろいろあると思いますよ。

選挙の時期に一緒に街頭演説を聞きに行くこともおすすめします。日本人は学校だけでなく家庭でも政治の話を避ける傾向がありますが、親が自分の思想や信条を話すことはシティズンシップ教育につながります。街頭演説はそのよいきっかけとなるでしょう。

こういった対話や体験には、お父さんやお母さんや、ほかの家族も参加してほしいと思います。子どもは、ある程度は保護者の考え方に影響されますが、いずれ学校などでほかの意見に触れるなかで、保護者の意見を受け入れたり反発したりと子どもなりに消化します。多様な意見に触れることで政治的リテラシーが養われるのです。

 

「精神的な家出」と「子離れ」のススメ

――子どもと対等な立場での議論は難しそうです。

健康や安全にかかわる注意など最低限のことは「こうしなさい」と言い聞かせてもいいでしょう。
しかし、繰り返しになりますが、私たちが身につけている規範は通用しなくなりつつあるし、親が子どもを保護しようとしては、子どもの力が伸びません。そこを理解し、保護者と被保護者という関係性から、対等な人間として信頼で結ばれる関係に変えていかなくてはいけません。

私は子どもたちに「精神的な家出」をすすめていますが、同じことを大人にも言いたいですね。大人に向けては、ありがちな言葉になりますが「子離れのススメ」です。
親というものは、つい子どもに呪いをかけてしまうんですよ。親の思いで子どもを誘導してしまわないように、少しずつ子離れをしていかないと。

――呪いですか?

そうです。こうなってほしいというイメージを自分でも気づかないうちに子どもに押しつけてしまう。いわば呪縛ですね。理想の子ども像があって、子どもがその通りにならないと心外に思う。

――どうしたらいいのでしょうか。

フラットにかかわるように心がけるといいのではないでしょうか。親がもつ理想像が「正解」とはいえないのですから。
むしろお子さんのほうがこれからの時代のことには詳しいかもしれませんよ。

――ありがとうございました。

 

小玉 重夫(こだま・しげお)


東京大学大学院教育学研究科教授。1960年生まれ。東京大学法学部政治コース卒業。同大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。慶應義塾大学教職課程センター助教授、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授などを経て現職。専門は教育哲学、アメリカ教育思想、戦後日本の教育思想史。教育における人間と政治、社会との関係を思想研究によって問い直すことを研究テーマとする。『教育政治学を拓く』(勁草書房)ほか、著書多数。

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