ストレスが多いといわれる現代社会。大人たちと同様、子どもたちも家族関係、友だち関係、学習関係などさまざまな種類のストレスにさらされています。残念ながらストレスをゼロにすることはできません。人はストレスをうまく乗り越えながら生きていくしかないわけですが、大人でも苦労するストレスの克服、子どもたちにはその手に余る難解な課題といえます。幼いがゆえに自分の状況をうまく説明できず、ある日突然問題が表出することも珍しくありません。そこで今回は、子どものストレスの特徴や対処法について、臨床心理士として日々カウンセリングを行っていらっしゃる洗足ストレスコーピング・サポートオフィスの伊藤絵美先生にお話をうかがいました。 (取材・文 尾内通子)
※本記事は、2023年1月26日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。
【インタビュー1】子どものストレスに特徴的なこととは?
「身体化」、「行動化」しやすい子どものストレスやストレス反応
――子どものストレス反応には、大人と比べてどのような特徴・違いがあるのでしょうか?
ストレスに対する反応の違いというのは、どちらかというと「個人差」によるところが大きいのですが、あえて子ども・大人という括りで特徴をあげるとしたら、子どものほうがストレス反応が「身体化」「行動化」しやすい、ということでしょうか。
ストレス反応は、大まかに、
- 頭にあらわれるストレス反応(ストレスを受けたことでさまざまな考えやイメージがわきあがり、不安になったり落ち着かなくなったりする。いわゆる悩んでいる状態)
- 気分や感情にあらわれるストレス反応(イライラする、苦しい、憂鬱など)
- 身体にあらわれるストレス反応(お腹が痛い、胃が痛い、眠れない、おしっこがしたくなるなど)
- 行動にあらわれるストレス反応(いじめる、ものに当たる、手を出す、泣く、ひきこもる、抱きつく、怒る、指をしゃぶるなど)
の4つに分けることができるのですが、低学年から中学年くらいの子どもは言語化する能力がそれほど成長していないこともあり、自分の中の気持ちの変化に対しても捉え方が大雑把になるため、反応も③のように「身体化」、つまり身体的な不調に置き換えられて表に出やすくなります。心の中がつらいのだけれど、その状況をうまく説明できないために、「お腹が痛い」という身体的な不調として訴えるのは典型的なパターンです。
もう一つの特徴である「行動化」は、動物をいじめる、妹や弟をいじめる、ものに当たる、友だちに手を出すなどが当てはまります。
ちなみに、小学校高学年くらいになると、①の頭にあらわれるストレス反応が徐々に優勢になり、もんもんと悩む、考え込むようになります。
子どものストレス反応に対処するときに注意すること
――たとえば「お腹が痛い」という場合は、それがストレスが原因なのか、病気が原因なのか見た目にわかりませんから、やはり注意が必要ですよね? 見分けるコツはあるのでしょうか?
身体的な不調を訴えたときは、まず小児科に行って医師の診察を受けることが第一です。医学的に明確な問題(病気、症状)が確定できなかった場合に、はじめてストレスに由来するものかもしれないと考えるほうがよいと思います。
――年中「お腹が痛い」と訴える場合はどうですか?
やはり第一は医学的鑑別診断を受けるようするべきでしょう。日常的だからといってストレス由来とは限らないし、日常的不調の場合大きな病が隠れていることも考えられるからです。素人判断はしないほうが賢明です。
――行動にあらわれるストレス反応にはどうすればいいですか?
生き物を傷つける、だれかをいじめる、意地悪なことをする、暴力を振るうのは、ダメなことなので、そこは「ダメなこと」「許されないこと」であることを伝え、やめさせることが大切です。
ただ、止めさせると、原因となったストレスだけが子どものなかに取り残されることになるので、代わりのストレス発散法を提示してあげましょう。たとえば「イライラするのなら、殴り書きしてみる」「グルグルと自分の頭の中を回り続ける考えを止めるため、紙をひたすら細かく細かくちぎる」(※) 「石を投げたらまずいけど、クッションなら投げていいよ」などがいいですね。
子どもにとって耐え難いストレスとは何か?
――子どもはどのようなことに対して強いストレスを感じるのでしょうか?
「否定される」・「恥ずかしい思いをさせられる」など「やられた」感覚をもたされたり、「注目してもらえない」・「ほめてもらえない」など「欲しいものをもらえない」感覚をもたされたり、「お兄ちゃんと比べてあなたは!」のような「他人と比べられる」などをされたりすると、強いストレスを感じるようです。大人でも「自分が大切に扱われていないと感じる」のはいやなものですよね。非力な子どもならなおさらです。
――子どものストレスを軽減するもの、軽減してくれるものとしてはどのようなものがありますか?
サポートしてくれる存在の人がいるかいないか、が大きいのではないでしょうか。つらいストレスを受けたとしても、サポートしてくれる人(親、兄弟、先生、近所の大人、親戚)がいるとストレスから受けるつらさの度合いも変わってきます。(※) 「つらい」と言えない環境がさらなるストレスになるのでとても重要です。
【インタビュー2】ふだんからお子さんを観察し、お子さんの話に耳を傾けましょう。
ストレスが原因かなと思ったら
――どうやらストレスが原因のようだとわかったら、親はまず何をすればよいのでしょうか?
まず子どもの話をよく聞いてください。ただ低学年のお子さんだと、まだ十分に自分の状況を言語化できないと思いますので、そういう場合はお子さんの「行動観察」をしてみましょう。カウンセリングの現場でも、小さい子どもの場合は、診察室で話を聞くのではなく、現場へ行って、日常生活の様子を観察しデータをとることが情報収集の中心になります。ストレス反応がどういうときに出ているのか、前後の行動や時間帯などのデータを取っていきます。パターンのようなものが見えてきたら、行動観察で把握した事実とともに、子どもに「最近見ているとよく〇〇しているけれど、どうしたの?」(腹痛を訴えている子には、「こういうときよくお腹が痛いって言っているけれど、どうしたの?」など)と声かけしてみましょう。
声をかけるときは、困っていることを前提とした声かけをすることが大切です。たとえば「だいじょうぶ?」と声をかけられると、大人でもなかなか「だいじょうぶではない」とは答えづらいですよね。「困っていることはある?」のように困っていると訴えやすいように話しかけてください。
また、「聞く」ときは、子どもの話が終わるまで「聞き役に徹する」ことが大切です。子どもの話を聞いている最中、さまざまな感情や考えが去来すると思いますが、自分の主義主張、好き嫌い、価値判断は脇において、聞き役に徹してください。子どもの話を遮って、自分の思いを言い出すのは最悪の対応です。子どもの感情をそのまま受け止めて(子どもの感情に同意する必要はありません)、「そうだったんだね」と頷いてあげてください。
「聞く」ことが終わったら、今度はこれからどうするのか「相談」です。子どもがどうしたいのか、どうしてほしいと思っているのか聞いて、どこからどのように問題解決をしていくか話し合い、子どもに今後の方向を選択させます。解決策は子どもが決めるのがポイントです。
親子で手に負えないときは?
――聞いて、話し合った結果、どうやら親子の手には余る問題であることがわかったら、どうしたらいいのでしょうか?
助けを求めましょう。外に助けを求めることは勇気がいるかもしれませんが、親が困ったときに助けを求める姿を見せることは、子どもにとっても「困ったときはだれかに助けを求めていいんだ」ということを理解する大切な機会になります。外へ助けを求めることで「一人でがんばらなくてもいいんだよ」「無理なら助けを求めてもいいんだよ」と子どもに伝えておくことは、これからの人生を生き抜くうえでも大切なことだと思います。
ストレスに強くなるには
――ストレスに対してある程度強くなるにはどうしたらいいのでしょうか? ポイントがありましたらお教えください。
ゼロにすることができないストレスにうまく対処していくポイントは次の3つです。
ポイント1:自分のなかにある「つらさ」を認めること
人は「つらさ」の存在を認めることで、初めてその「つらさ」に対峙することができます。最悪なのは「つらい感情」を「つらくないんだ」と完全否定して、認めようとしないこと。怒っていること、落ち込んでいること、悲しんでいることに気づいてあげることが、ストレスと上手につきあう第一歩です。ネガティブな感情を嫌悪する人もいますが、感情そのものには正も負もありません。自分の感情を無視したり、抑え込んだりしようするとかえって自分を苦しい状況に追い込むことになります。感情にまかせて行動しないようにすればいいのですから、ありのままの状況を「ああ、こうなってしまったんだ」「今、自分はつらいと感じているんだ」と受け止めて、ひと息置き、どうしようか考えるようにしましょう。(※)
ポイント2:自分の状況を上手く伝えられるように、自分へ問いかける経験を重ねる
日ごろから、自分に注意を向けて、自分のなかで起こっている変化・変調をとらえて言語化し、周りに伝える経験を積み重ねて、自分の今の状況を上手に把握できるようになろうと意識してみましょう。
小さいころは語彙もそれほど多くないので、親が「それはこういうこと?」と助け船を出すかたちで精緻化していくのでもいいと思います。小さいころから自分のなかの思いや考えを表現するという経験をたくさんさせてあげてください。(※※)
ポイント3:子どもが安心して助けを求められる環境があること
子どもにとって家庭はいやなことがあったとき安心して逃げ込むことができる唯一の場です。大人ほど生活圏が広くない子どもには避難できる場所は多くありません。家庭が子どもにとって居心地のよい場所であり続けられるようにするには、まず、親が自分自身のストレスとうまくつきあい、大人の世界のストレスを子どものいる空間に持ち込まないようにする必要があります。子どもは親の話を実によく聞いています。本来なら大人だけがいる場所でするべき会話を子どもの前でついついやってしまうという経験はだれにもあるかと思いますが、子どもに聞かせないほうがよい話題であるときが多いので、極力避けるのが賢明です。
――最後に先生からメッセージをお願いします。
子どもたちに対しては「つらいと思っていいんだよ」と伝えたいですね。怒ったり、落ち込んだり、悲しんだりするのは人間にとってごくごくあたりまえのこと。抑え込む必要はありません。自分のなかのいろいろな気持ちを大切にしてほしいと思います。
親御さんたちには、まずご自身のストレスとうまく付き合ってくださいと言いたいです。そして、子どものことをふだんからよく観察していただければと思います。
――ありがとうございました。
【やってみよう】伊藤先生直伝!「自分で自分を助ける」トレーニング
伊藤先生が専門とする認知行動療法においては、「ストレスから自分で自分を助ける」こと(=ストレスマネジメント)ができれば、もっとストレスと上手につきあえる、そして子どものうちからこの「自分助け」のやり方(=ストレスコーピング)を練習することでより効果が期待できると実証されています。
ここでは、伊藤先生が子ども向けに「ストレスマネジメント」を紹介したご著書のなかから、とくにおすすめいただいた「ストレスコーピング」の練習方法をいくつか簡単にご紹介します。
まずは保護者の方に実践していただき、お子さんにやり方を説明してあげてください。
【やってみよう】ティッシュやいらない紙を小さくちぎってみる
なにかいやなことや不安な気持ちにとりつかれて何も手につかない状態になってしまったとき、「手を使って細かな単純作業をする」ことがいやな気持ちや不安を治めるのに役に立ちます。
小さくちぎるというコーピングを身につける練習
①ティッシュやあとは捨てるだけのいらない紙(チラシなど)を1枚用意します。
②その1枚のティッシュ(紙)をできるだけ小さく、細かく手でちぎりましょう。
これ以上はちぎれないという限界を超えるつもりでちぎります。
③1枚で気が済まなかった場合は、さらに1枚用意して、さっきよりもさらに細かくちぎります。
④いやな気持ちや不安にとりつかれたとき、その場でそれに気づき、
ティッシュや紙を細かくちぎるというコーピングを試しましょう。
いつのまにかいやな気持ちや不安が治まっていることに気づけるようになります。
【やってみよう】サポートしてくれる人や物をイメージする
サポートしてくれる存在がいると、ストレスは軽減されます。そしてその存在は家族や友だちなどの直接の知り合いでなくても、有名人やアニメのキャラクターや、生き物ではない物体でもかまいません。
人間には「だれかをイメージするだけで心が助けられる/気持ちがホッとする/勇気が出る」という能力が備わっています。
サポートしてくれる人や物をイメージする練習
①イメージするだけであなたの助けになる人や物を書き出してみましょう。
②書き出したら目を閉じて、その一人ひとり、一つひとつをイメージしましょう。
イメージすること自体が自分自身のサポートになることを実感してください。
【やってみよう】マインドフルネスを身につける
「マインドフルネス」とは自分に生じるさまざまなストレス反応に対して、それを「いい/悪い」「好き/きらい」などと評価せず、「ふーん」「そうなんだー」と受け止めることで、ストレスと上手につきあうためにとても有効とされています。
ストレス反応をただ受け止める練習
ストレス反応に気づいたらこんなふうに自分に問いかけてみましょう。
①今、どんな考えやイメージが頭に浮かんでいますか?
「今、こんなことを思った。ふーん」などとひたすら受け止め、
その考えやイメージをながめるようにしましょう。
②今、どんな気分ですか?
「あ、今わたしイライラしてる。ふーん」などとひたすら受け止め、
その気分や感情をながめるようにしましょう。
「だんだん胸がドキドキしてきた。ふーん」などとひたすら受け止め、
その身体の反応をながめるようにしましょう。
④今、どんな行動をとっていますか?
「ああ、今わたしは歩いている。ふーん」などとひたすら受け止め、
その行動をながめるようにしましょう。
【やってみよう】気分や感情にあらわれるストレス反応に気づく感情リスト
子どもは語彙が少なく自分自身のなかで起こっているストレス反応を把握したり言語化したりすることがうまくできません。たとえば「気分や感情」であれば、少しあげただけでも次のようないろいろな気分や感情があります。保護者の方が「今どんな気持ち? このなかのどれに近い?」などと助け舟を出してみるのもよいでしょう。
ストレス反応を体験する練習[気分・感情編]
自分が次のような状況になったとき、どんな気分や感情になりますか。
①レジの列に並んでいたら、割り込まれた
②朝ねぼうした
③誕生日なのにプレゼントをもらえず、「おめでとう」とも言ってもらえなかった
④友人が別の友人の悪口を言ってきた。その悪口を聞かされた
『イラスト版 子どものストレスマネジメント: 自分で自分を上手に助ける45の練習』
今回参考にさせていただいた伊藤先生の著書、『イラスト版 子どものストレスマネジメント: 自分で自分を上手に助ける45の練習』(合同出版2016)にはほかにもたくさんの「ストレスコーピング」が紹介されています。
「ストレスコーピング」はレパートリーが多ければ多いほどよいという原則があるので、お気に入りのものを見つけて繰り返し実践してみることをおすすめします。
伊藤 絵美 (いとう・えみ)
臨床心理士、精神保健衛生士。洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。千葉大学子どものこころの発達教育研究センター特任准教授。慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。大学院在籍時より精神科クリニックでカウンセラーとして勤務。その後、民間企業でのメンタルヘルスに従事、2004年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設。2011年より千葉大学で教育・研究に携わる。近著に『イラスト版子どものストレスマネジメント』(合同出版)がある。