現代社会においては、だれもがさまざまな不安やストレスを抱えているといわれます。そんな今、わたしたち大人が子どもたちに不安やストレスの扱い方、つきあい方を教える必要に迫られているのではないでしょうか。しかし、そもそも親自身が不安やストレスへの対処に自信がないというケースも少なくありません。
不安やストレスと上手につきあうとはどういうことなのか。それを子どもにどう教えるべきなのか。臨床心理士・公認心理師として現場経験もおありの越川房子先生にうかがってまいりました。
(取材・文 生沼有喜)
※本記事は、2021年5月27日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。
小学生だって、さまざまな不安やストレスを抱えている
――小学生が抱えやすい不安やストレスには、どういったものがあるのでしょうか。
いちばんは友だち関係でしょうね。幼少期に子どもだけで遊んだ経験が少ない子ですと、入学して友だち関係を築く段階でストレスを抱えるでしょうし、クラス替えで友だち関係を構築し直さなければいけないことにストレスを感じる子もいます。中学年、高学年になってくると仲間はずれやいじめといった問題も出てきますし、思春期に入れば身体も変化して、異性の視線も意識するようになりますから、他人と比較してコンプレックスや劣等感を感じるというストレスも加わってきます。
ほかにも学業不安や苦手意識からくる不安・ストレスなど、子どもも大人と同じようにさまざまな不安やストレスを抱えて生活しているのだと、まずは理解してあげてください。
――子どもが不安やストレスを抱えているシグナルはどんなふうに表れるのでしょうか。
低学年のうちは「○○ちゃんがいじわるした!」などと親に言いつけたりしますが、高学年になると何も言わない、話そうとしないという反応が多く見られます。話さないのは自立の兆候かもしれませんが、何か大きな不安やストレスを感じている可能性もありますから、「反抗期だ」で片づけないで、注意して様子を見てあげる必要がありますね。
だからといって、頻繁に「どうしたの?」「何かあった?」と心配しすぎてもよけいに子どもは話さなくなりますから、わかりやすい例で、「食欲がない」、「顔が沈んで暗い感じがする」、「朝の支度がゆっくりになった」、「忘れ物が増えた」、などのシグナルをとくに注意してみるといいと思います。
不安やストレスはあってあたりまえ
――そうしたシグナルに気づいた場合、親はどのように対処すればよいのでしょうか。
大切なのは、「不安やストレスを抱えるのは悪いことじゃないんだよ。生きていたらあたりまえなんだよ」と、常日ごろから親御さんの態度、言動をとおして伝えてあげることです。
不安やストレスというのは、「自分が願っているように物事が進まないかもしれない」「自分が思っているより悪い状態になるかもしれない」と考える場合に生じやすいんです。つまり視点を変えれば、不安やストレスとは「よりよく生きたい」という願いから生まれるといえますよね。だからこそ、人は想定されるリスクを回避するために学んだり練習したり技術を開発したりする。個人レベルでも社会レベルでも、不安やストレスによって成長と発展が促される場合があるという意味では、肯定的な側面もあるんですよ。
それを、親が「不安やストレスなどあってはならないもの」として扱うような態度をとると、子どもは不安やストレスを感じること自体に不安やストレスを感じてしまい、二重に苦しむことになる。更に、「不安やストレスを感じる自分は弱くてダメな人間なんだ」と思ってしまいがちになるんです。
重要なのは「不安やストレスを感じないようにすること」ではなくて、「それを感じたあとに何を選択し、どう行動するか」なのだと教えてあげましょう。「生きていれば、不安やストレスはいつも出合うお友だち。ただ、上手につきあうにはちょっとコツがあるから、それを練習したら、少しずつ上手につきあえるようになっていくよ」――こんなふうに話してあげれば、子どもは不安やストレスを感じている自分の自己評価を下げずにいられますし、不安やストレスには対応策があって、練習すればうまくつきあう方法を身につけることができるとわかって安心できるんですよ。
いちばんいいのは、親自身が不安やストレスに対処している姿を子どもに見せることなんです。格闘している姿や、「どうしよう」と動揺する姿も見せていいんです。でもそこから何ができるかを考え、今自分にできる手をいろいろと打って立ち直ろうとする――そうした親の姿こそが、子どもの心に「こうすればいいのか!」と不安やストレスとの上手なつきあい方の具体例として刻まれるのです。
子どもが理解できるようであれば、生きていくうえで必ず起こるような対人関係の不安やストレスなどはあえて子どもに話して、自分がどう対処しようと考えているのかも口に出して示してあげていいと思いますよ。
不安な考えから抜け出すには身体に意識を向けること
――具体的に、どうすれば不安やストレスと上手につきあうことができるのでしょうか。
不安やストレスというのは、これから起こるできごとに対して、「そのことが起こったらまちがいなく不幸になる」ととらえるときにその強さを増すものなんですね。でも、ご自分が不安になったり悩んだりしたときの体験を振り返ってみると、実は自分の妄想に振り回されていることが多いでしょう? たとえば「○○さんに無視されている」と感じているとします。でもそれは自分がそう感じるだけで、必ずしも真実とは限らない。あるいは「○○さんがそう言っていたわよ」といった、確かではない情報に踊らされて真実だと思い込んでしまう。そこから「二度と口をきいてもらえないかも」「全員から仲間はずれにされたらどうしよう」と、どんどん悪いほうへ妄想が膨らんでしまうんですよね。
そんなときは、「妄想して不安になること」に自分の力を使うのではなくて、しっかりと確かな情報を集めて事実を把握し、そのうえで今自分にできることを選んで「実行すること」に力を使うのです。
たとえ「○○さんがわたしを無視している」のが事実だとわかったとしても、それが「全員から仲間はずれにされる」ことに必ずしも発展するとはかぎりません。「無視されるのはつらい。だったら今、自分はどうしたらよいのか、今できることに力を尽くそう」と、不安に向けられていた意識を、不安を緩和する方策へと向ければいいんですよ。
――しかし頭の中が不安でいっぱいのとき、そこから意識を離すのは難しいのでは?
よい方法があるんです。頭でいろいろ考えてしまうとき、身体に意識を向けると、妄想の悪循環から抜け出しやすくなるんですよ。たとえば下で紹介するような「呼吸に意識を向ける」、「足の運びを意識しながら歩く」、といった方法なら、小学生でもできますよね。「そんな簡単なことで本当に不安から抜け出せるの?」と思われるかもしれませんが、意識が身体に引っぱられると、よけいなことを考えられなくなる。そのうち気持ちが落ち着いてきて、物事を冷静に観られるようになるんです。
もしお子さんが何か不安やストレスを抱えているようだったら、「生きていると、いろいろと悩んだり、どうしたらいいかわからなかったりすることがあるよね。じゃ、呼吸でおなかが膨らんだり引っ込んだりするのを感じて気持ちを落ちつけてから、それについて一緒に考えてみようよ。こうすると、よいアイディアが浮かびやすいんだよ」と言ってあげてください。
もちろん、頭は遅かれ早かれ、よけいな妄想を始めてしまうかもしれませんが、それは人の心の性質ですから、あたりまえのこと。「また考え始めちゃったな。呼吸に意識を戻そう」と心の中でつぶやき、そっと意識を身体に戻せばいいだけです。
この練習を繰り返していると「心の筋肉」がついて、不安なことがあってもそこにのめり込まず、いったん脇に置いておくことができるようになるんですね。そうなると、心が不安に支配されることがなくなり、ストレスにもかなり強くなるはずですよ。
不安やストレスを観察の対象として、「ただ観る」
――いったん脇に置いた問題は、その後どうすればいいのですか。
呼吸なり足の運びなりに集中して心が落ち着いてくると、焦って「今すぐにどうこうしなくちゃ!」とは思わなくなりますから、いったん脇に置いた問題や自分に起きている感情などを、「ただ観る」ことができるようになるんです。このときその問題や感情に対して、「よい」「悪い」といった評価や判断はしません。今何が起きているか、次に事態がどう動くのかを、科学者のように冷静な目でただ観察する。そうすると、自分にできることは何か、どんな方法を選択したらよいかを判断する力が戻ってくるんですね。
小学生ですと、まだ自分を客観視する力が弱いので、目の前のできごとや自分自身をじっと観察し続けるというのは難しいかもしれません。でもいったん脇に置くというのは小学生にでもできますし、それだけで心が軽くなりますから、お子さんにすすめてみてください。
心を客観視するのはぜひ親御さんに日ごろからやっていただきたいですね。自分のことを冷静に観察できるようになると、周りのできごとも同じように冷静に観察・判断できるようになります。お子さんのちょっとした様子の変化に気づくためにも、パニックにならず物事に対処するためにも、日ごろから心を落ち着けて「物事をただ観る」という訓練をしておくのは、すごく役に立つと思いますよ。
――子どもを心配するあまり、つい感情的になってしまうこともあると多いと思いますが、そこは冷静に観察するべきなのですね。
いえいえ、感情が発動するのは人として当然のことですから、もしカッとしたり悔しかったりしたら、そのことについて「悪いことだ」とか評価したり判断したりしないで、ただ自分の感情がどんなふうに発動して、今どんな状態になっているか、それがどう変化していくかを観ていればいいんですよ。感情を抑えようとすると、いずれ爆発するかもしれませんが、感情をただ観ていれば、それをコントロールすることができるんですね。
「わたしって、怒ると首と肩に力が入るのね」などと身体に起こる反応を観察していると、しだいに気持ちが収まっていく様子もわかると思います。「ただ観る」練習を積んでいくと、冷静な心に戻るのが早くなりますし、お子さんが不安やストレスを抱えているときにも、一緒に妄想に巻き込まれてあたふたすることなく、冷静に的確なアドバイスをしてあげることができるはずですよ。
今後どんなに文明が進んでも、人が不安やストレスを感じることは絶対になくならないでしょう。だからこそ、不安やストレスと上手につきあえる力を、そのための「心の筋肉」を、子どもたちにつけてあげることが必要なのです。わたしたち大人に求められているのは、どんなに不安な状況にあっても、ストレスに押しつぶされそうな状態にあっても、自分の可能性と人間の可能性を信頼して、さまざまな困難に冷静に対処し、生き抜いていく姿を、次の世代を生きる子どもたちに示すことではないでしょうか。
以下では、不安やストレスと上手につきあうための「心の筋肉」の鍛え方をいくつか紹介していきます。まずは親御さんが体験して、お子さんに見本を示してあげてください。
――ありがとうございました。
心の筋肉を鍛えるエクササイズ
心の筋肉を鍛えると、不安やストレスで心の風邪をひいてしまっても、こじらせることなく早く回復することができ、また、心の風邪の予防にも役立ちます。
ここからは越川先生に教えていただいた心の筋肉を鍛えるエクササイズをご紹介していきます。どのエクササイズから始めてもかまいませんから、心の不調を感じたら親子で一緒に、またはお子さま自身で挑戦してみてください。自分に合ったやり方を見つけ、不安やストレスに負けない心の筋肉を鍛えていきましょう。
(お話=越川房子先生、参考=『ココロが軽くなるエクササイズ』越川房子監修、構成=編集部)
©︎shimizuchieko
越川 房子(こしかわ・ふさこ)
新潟県出身。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業、同大大学院文学研究科心理学専攻博士課程単位取得満期退学、早稲田大学文学部助手、専任講師、助教授を経て、現在、早稲田大学文学学術院教授。専門は臨床心理学・パーソナリティ心理学。訳書に『子どものストレス対処法-不安の強い子の治療マニュアル』(岩崎学術出版)『マインドフルネス認知療法』(北大路書房)『うつのためのマインドフルネス実践』(星和書店)など。著書に『ココロが軽くなるエクササイズ』(東京書籍)など。