近年、テレビや雑誌などで「自律神経」に関する特集が数多く組まれています。子どもの自律神経の乱れに関して警鐘を鳴らすものもあり、不安になりますね。でも、自律神経がどういったもので、どうすれば鍛えられるのか、というと、あまりわかっていない……という方も多いのではないでしょうか。子どもの発達に関する多くの著書があり、小児科医をつとめながら、長年、自律神経について研究と実践に取り組んでこられた成田奈緒子先生にお話をうかがいました。
※本記事は、2022年10月27日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。
自律神経は“せめぎ合っている”ことが大事
――最近、あちこちで「子どもの自律神経の乱れに要注意」というような言葉を見聞きします。子どものうちから、そんなに「自律神経」というのは注意すべきものなのでしょうか。
そうですね。自律神経が正常にはたらかないことで起こる病気の1つ、「起立性調節障害」だけをとっても、小学生の5%、中学生の10%が悩んでいるというデータがあります。自律神経のはたらきが低下している子、そもそもきちんと育っていない子を含めるともっとずっと多いと考えられますので、やはり注意が必要といえます。
また、診察・ワークショップなどで話を聞きますと、「コロナ禍での外出自粛や、生活リズムの乱れをきっかけに自律神経の調子を崩してしまった」という子どもも多いです。
――自律神経とはどういうものなのでしょうか。
全身の器官をコントロールしている神経です。普段、私たちが意識しなくとも、暑いときには汗が出て体温が下がり、寒いときには毛穴が閉じて体温が保たれますね。これは自律神経がはたらいているからです。
自律神経には、交感神経と副交感神経があります。交感神経は緊張や興奮する状況ではたらく神経です。日中に活発になり、心拍数や血圧を上げて活動できる態勢をととのえます。副交感神経は反対にリラックスする状況ではたらく神経です。夜に活発になり、血圧や心拍数を下げて体を落ち着いた状態にととのえます。
この両方がせめぎ合っている状態が、自律神経が活性化しているよい状態といえます。
――せめぎ合っている?
そうです。状況の変化に瞬時に対応できるように、両方がスタンバイしている状態です。交感神経だけが活性化していて副交感神経がスタンバイしていないと、臨戦態勢を解く状況になっても心拍数や血圧がなかなか下がりません。いつまでも動悸や高血圧が続き、不調を感じることもあります。自律神経としてはよくない状態です。
暑さ寒さの体験で、自律神経は強くなる
――一方だけが活性化している状況になってしまうのは、なぜでしょうか。
大きな理由として、現代社会では自律神経が切り替わるような刺激を得づらいことがあげられます。たとえば今はどこに行っても空調が効いていますね。暑いときは副交感神経がはたらいて汗をかき、反対に寒くなると交感神経がはたらいて毛穴を閉じて体温を保つので、一定の温度に保たれた場所に1日中居続けると切り替える必要がない。自律神経が鈍ってしまうのです。
――どうしたらいいのでしょうか。
交感神経と副交感神経が交互に切り替わる状況を作ることが重要なので、暑さと寒さの両方を短期間で体験するのはいい方法です。具体的には、1日1回は外に出て体を使って遊ぶ。暑いときは暑さを、寒いときは寒さを感じ、体を温めたり汗をかいて冷ましたりする経験をすることが、一つのトレーニングになります。外遊びができない場合は、窓を全開にして外気を入れるだけでもいいでしょう。毎日実践することが大切です。神経細胞が鍛えられ、より早く反応できるようになります。
このほか、「温冷交互浴」もいいですね。
――温水と冷水を交互に浴びるのですか?
はい。子どもなら、洗面器にお湯と水を張り、1分ずつ交互に手を浸します。10回から始め、もっとできるようなら回数を増やしたり、1日に数セット行ったりするといいでしょう。疲れている、元気がないときの回復にも効果的です。
早寝・早起き・朝ごはんの習慣づけは、やっぱり大事
――先ほど、自律神経がきちんと育っていない子もいるとおっしゃいました。なぜでしょうか。
まず、自律神経の基地は脳の「視床下部」というところにあるのですが、そのすぐ近くには脳幹や大脳辺縁系、小脳など、食欲、睡眠、ホルモン分泌などをコントロールする装置が集まっていて、連動しているわけです。
これらの装置が互いに補完し制御し合って全体としてバランスをとっているので、どれか1つの調子が狂うと、他にも影響が及びます。たとえば強いストレスを受けるとホルモン分泌が乱れて自律神経も乱れるし、反対に自律神経が乱れるとホルモンの分泌が悪くなり、食欲や睡眠も悪化するという具合です。
これらを最適なバランスで動かし続けるには、常に均一な刺激を与え続ける必要があります。その方法をごく簡単な言葉にすると、“早寝・早起き・朝ごはん”、となります。これができていないために、自律神経が十分に育っていない子が多いのです。
――睡眠時間は、小学生ならどのくらいと考えればいいのでしょうか。
9時間は必要です。ですから、「朝6時に起きて、夜9時に寝る生活」を心がける、と考えるとよいでしょう。
朝6時にベッドを出て立ち上がることで、交感神経のスイッチが入り体温が上がって活動する態勢がととのいます。胃腸も動き出し排便が促され、朝食をモリモリ食べられる。また、起床時に朝日を浴びることで、セロトニンが脳から分泌されます。これは、夜の眠気をもたらすメラトニンというホルモンの材料になるものなので、朝、しっかりセロトニンが分泌されれば夜には眠くなる。さらに昼間、交感神経がしっかりはたらくことで夕方以降は副交感神経に自然に切り替わります。そして体温が下がりぐっすり眠れるというわけです。
――早寝早起きはなかなか難しいものです……。
「子どもが元気いっぱいに活動できる状況を作っていくんだ」という意識で、親御さんはがんばっていただきたいですね。
夜型のお子さんを早く寝かそうとするのは難しいので、早く起こすことから始めるといいでしょう。 寝るのが遅かったとしても、朝6時になったらカーテンを開けて部屋を明るくしましょう。
どうしても朝が苦手な子には「朝ミッション」も有効です。「新聞をとってくる」「朝ごはんを作る」など、年齢に応じて、その子が無理なくできるミッションを設定し、達成したらうんとほめるのです。お父さん、お母さんから頼りにされる誇らしさが、早起きのモチベーションになります。
自律神経は小学校低学年まで、特に5歳までにほぼできあがるので、できればそれまでに“早寝・早起き・朝ごはん”を習慣にしたいものですが、いくつになっても鍛えることはできます。生活を朝型に変えると小学校低学年では1週間くらいで、高学年になると少し時間はかかりますが、3カ月もすれば自律神経がととのいますよ。
その“眠い”“疲れた”、自律神経の乱れでは?
――自律神経のはたらきが低下すると、どのような症状が現れるのでしょうか。
極端な例をあげると、幼児期のうちに睡眠不足や夜型の生活を長く続けた女児では、ホルモンのバランスが崩れ早発月経が起こることがあります。また先述の起立性調節障害では、立ちくらみやめまい、長く立っていると気分が悪くなる、倒れるなどの症状が現れます。
でも、それ以外の自律神経のはたらきの悪さを示す症状は、外からは見えづらいことがほとんどです。子どもを注意深く見て、
- 朝、なかなか起きてこない
- 食欲がない。特に朝ごはんを食べない
- 午前中から「眠い」と言う、ぼーっとしている
- 「疲れた」「頭が痛い」「おなかが痛い」とよく言う
などの様子に気づいたら、自律神経のはたらきが弱いと考えられます。
――朝起きてこない、眠いというのは、子どもならよくあることでは?
いえ、自律神経がしっかりはたらいている子どもは、朝になるとひとりでに目が覚め、お腹がすいているのでしっかり朝ごはんを食べて、午前中から元気に活動する。夜になるとだんだん眠くなり、布団に入るとストンと寝る。そういう体になっているものです。
多くの場合、親御さんが、自律神経がととのっている状態のお子さんを知らないために、「眠い」「疲れた」と訴えるのが「この子の当たり前」、「子どもってこういうもの」と思ってしまっているのではないでしょうか。
今、自律神経をととのえることで、思春期がラクに!
――では、「うちの子は活動的ではない」「なんだか覇気がない」と思っていても、生活を変えると、本来の元気ではつらつとした表情を取り戻せるということでしょうか?
はい。ちなみに、自律神経が弱い子の場合は、運動や外遊びが苦手だということが多いものです。でも少しずつでも体を動かすと、自律神経が鍛えられるので、呼吸や心拍、体温の調節がスムーズになり、ラクに体を動かせるようになっていきます。運動も好きになるかもしれませんね。
さらに、自律神経を鍛えておくことで、プレ思春期や思春期のホルモンの変化にも対応しやすくなります。
――どういうことでしょうか。
ホルモンバランスが変わると、どんな子でも自律神経が乱れやすくなります。小さいころから自律神経がちゃんと育っている子なら、変化の波が来ても自律神経が適切に切り替わり対処するので、多少イライラしたり落ち込んだりするくらいでやり過ごすことができます。
ところが自律神経がととのっていないと、うまく対処できない。たとえば自律神経が乱れてセロトニン分泌が低下すると、セロトニンは心を安定させる物質なので、攻撃性が出たり衝動性が激しくなったりしてしまう。また食欲不振や頭痛、吐き気、抑うつなどの、いわゆる不定愁訴から学校生活に支障が出る事態にもなりかねません。
実際に、中学生や高校生で不登校になった子どもの話を聞くと、小学生のころから夜更かしや睡眠時間が足りない生活を続けていたということが多くあります。自律神経が弱っているところに、ホルモンの変動と思春期のいろいろな悩みが重なり、一気に症状が出てしまうのです。
親子で朝型に切り替えることから
――「うちの子は、私に似て朝が弱い体質だ」という言葉をよく聞きます。
「体質」は確かにあります。でも「体質だから……」とそのままにしていると、ますます自律神経がはたらかなくなってしまいます。
親御さんも夜型、という場合は、ぜひ一緒に朝型に切り替えるといいと思いますよ。何歳になっても自律神経を整えることは可能です。親御さんの体調が整うと、イライラが減ってお子さんの小さい失敗に目をつぶれるようになり、お子さんも落ち着きます。それがまた親御さんの気持ちの安定につながる。好循環が生まれます。
――小学校高学年になると、塾や習いごとなどで忙しく、どうしても夜型の生活になるという声を多く聞きます。
実は、夜2時間勉強するより、早く寝て朝30分勉強したほうが効率がいいんですよ。夜は副交感神経が優位になり集中しにくい時間帯です。加えて寝ている間に脳はその日得た情報を整理整頓するので、そこに新しい情報を入れたほうが、どんどん覚えやすい。また、朝は出かける時間が決まっているので、「それまでにやってしまおう」と集中しますね。こうした短時間で処理する経験を重ねることで脳の処理速度が鍛えられるので、さらに勉強の効率が上がります。
実際に、“朝勉”に切り替えたことで、成績がぐんぐん向上したというお子さんは、よく目にしますよ。
――自律神経の大切さがよくわかりました。ありがとうございます。
成田 奈緒子(なりた・なおこ)
文教大学教育学部特別支援教育専修 教授、「子育て科学アクシス」代表。1987年神戸大学医学部卒業後、米国セントルイスワシントン大学医学部、獨協医科大学越谷病院小児科、筑波大学基礎医学系にて小児科の臨床および基礎研究に従事。現在は脳科学の観点から教育への提言・社会活動を行っている。『子どもにいいこと大全』(主婦の友社)、『発達脳科学者が教える 子どもの自己肯定感は親のひと言で決まる!』(PHP研究所)など著書多数。