身近な問題をデータで分析・解決してみよう

客観的なデータに基づく問題解決力は、将来よりよく生きていくためにも小学生のうちから育んでいきたい力として注目されています。2020年度から段階的に新しくなった学習指導要領では、小中高のすべてで体系的にデータの活用や統計、データサイエンスを学ぶようになりました。日本の算数・数学教育が変化してきた背景や、家庭での効果的な取り組み方について、統計教育の普及に尽力してこられた立正大学データサイエンス学部教授・渡辺美智子先生にうかがいました。(取材・文 浅田夕香)

※本記事は、2022年9月22日に「Z-SQUARE」上で掲載した記事を一部修正の上、再掲しています。

データを用いた問題解決を、小学校から学ぶ理由

――なぜ、小学生のうちからデータを活用した問題解決方法を学ぶことになったのでしょうか?

それはひとえに、データに基づく予測や問題解決、新しいサービスの創出ができる人がもっともっと必要だからです。周知のとおり、今の社会は様々な機器やサービスへのAIの実装がどんどん進んでいます。日本は「Society 5.0」といわれる超スマート社会の実現を目指していて、このような社会においてはデータを活用して物事を捉えて問題を解決していくことのできる人材が必要です。しかし、日本では、これを担えるような人材が圧倒的に足りていません。

他方で欧米は、デジタル社会においてはデータに基づく予測や問題解決、新しい価値・サービスの創出こそが重要だと考え、30年以上前から小学校の低学年ないし幼稚園段階から、データを用いて物事を考える教育を行っています。その結果が、GAFA※の台頭であり、日本企業の凋落です。
※グーグル(Google)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック(Facebook)、アップル(Apple)の4社の総称。

これらの課題感から、ようやく今回の学習指導要領から小中高のすべてでデータの活用や統計、データサイエンスなどを学ぶことになりました。小学校の算数では、目的に応じてデータを集めて適切なグラフに表す方法や、データを活用して身近な問題を解決する方法について、1年生のうちから段階的に学んでいきます。大学入学共通テストでも2025年から「情報」が試験科目に加わり、統計知識が問われることになります。また、大学教育でも数理やデータサイエンス、AIについて学ぶカリキュラムを文理問わず導入することが推奨されています。小学校だけではなく、大学に至るまで統計教育やデータサイエンス教育の強化が進められているというわけです。

――高校や大学から学ぶのでは遅いということなのでしょうか?

そうです。年齢が上がってきてから扱うデータは、例えば金融に関するデータや購買行動に関するデータ、新型コロナウイルス感染症に関するデータなど、複雑なものが多くなってくるので、知識の積み上げがないままに見ても分析の切り口がわからなかったり、結果を批判的に検証することができなかったりします。そして、これらのスキルは、大学生くらいから鍛えようとしてもすぐに身につくものではありません。

小学校のうちから身近なデータ、例えば「落とし物の数の推移」「学校でのケガの件数とその内容」などを用いて子どもたちが理解できる文脈で分析したり議論したりする経験を積み重ねていけば、「母集団に偏りがないか、分析方法は適切か確認しないといけないよね」といった、データを見るコツがわかってきます。そうして「データに基づいて物事を考える」ということに子どものうちから慣れ親しむことで、テクノロジーや大量のデータを扱ってビジネスを考えられるようになることが期待されています。

――身近なことから取り組んでいけばよいのですね。ただ、最初はどんなテーマにするか決めるところが難しいかもしれません。家庭でも取り組めるテーマの例があれば、教えていただけますか?

公益財団法人 統計情報研究開発センターが実施している「統計グラフ全国コンクール」(https://www.sinfonica.or.jp/tokei/graph/index.html)の入賞作品を見てみると、参考になるテーマがありますよ。例えば次のテーマなどがおもしろいと感じました。

小学生のにもつのおもさ(小学2年生)
ランドセルの重さを毎日量り、内容物の内訳を明らかにしながら曜日ごとの重さの違いを検証

せかいのこっきあつまれ!(小学2年生)
194カ国の国旗を、使われている色や色数、模様ごとに数え上げてグラフ化。大陸別に特徴をまとめた

ぼくが何回ぐらいお母さんにおこられているか(小学3年生)
母親に叱られた回数を、日付別、時間帯別、叱られた理由別に集計して分析

お話の中の動物たち(小学4年生)
グリム童話、イソップ童話、アンデルセン童話、日本昔話の4種を読み比べ、出てくる動物やその動物がハッピーエンドになるのかバッドエンドになるのか、動物の性格などを数え上げた。加えて、それぞれの動物に対するイメージを日本人と外国人に調査し、物語に出てきた動物の性格と比較

統計グラフコンクールは都道府県別にも実施されているので、ぜひ参考にしてみてください。

PPDACサイクルで身近な問題を分析・解決してみよう

――それでは、データを用いた問題解決は、具体的にどのように行うものなのでしょうか?

統計を使って問題を考える際の世界共通の方法に「PPDACサイクル」というものがあり、次の5つの手順で考えていきます。この方法は学習指導要領にも記載されていて、算数の授業で学んでいくことになります。

1. Problem(問題)
問題を把握し統計的な問いかけの形にまとめる

2. Plan(計画)
①調べる項目を考える
②実験の仕方やアンケートの取り方などデータの集め方を考える

3. Data(データ)
①データを実際に集める
②データを整理する
③データに誤りや漏れなどがないか確認する

4. Analysis(分析)
①データを分類する
②表やグラフを作る
③データの特徴をとらえる

5. Conclusion(結論)
①データの特徴が何を表しているのか考える
②はじめの問いかけに対する結論を出す
③さらに探究することはないか考える
④出した結論をみんなに伝える

 

――どんなふうにこのサイクルを回すのでしょうか?

例えば、「学校で5年生が2年生と交流会をすることになった。2年生に楽しんでもらうために、5年生は何をするか?」という問題があったとします。PPDACサイクルを用いると、次のようなプロセスで解決できるでしょう。

1. Problem(問題)
まず、「2年生に楽しんでもらうために、何をするか?」という問いをどうすれば統計的な問いになるかと考えます。例えば「やりたいことについて2年生にアンケートをとるとどうなるか?」といった問いにできるでしょう。

2. Plan(計画)
次に、アンケートの計画を立てます。「いつ」「どこで」「だれに」「なにを」「なぜ」「どうやって」調べるのか? と、5W1Hを参考にして計画を立てると抜けをなくせます。今回は、「アンケート用紙を配って回答してもらう」「大縄跳び、ドッジボール、フルーツバスケットなど、いくつか候補を挙げて、やりたいものに1つだけ○をつけてもらう」「やりたくないものがあれば1つだけ×をつけてもらう」「2年生だけでなく5年生にもアンケートをとる」としましょう。

3. Data(データ)
回答を集計します。○や×を2つ以上つけている子がいた場合、本人に確認するか、集計から外すなどの対応をします。

4. Analysis(分析)
まずは、○がついた項目と×がついた項目でそれぞれ棒グラフにします。その上で、今回は「2年生の意見を尊重するため、2年生の○は2ポイント、×はマイナス2ポイント、5年生の○は1ポイント、×はマイナス1ポイントとする」と分析の切り口を決めて集計し直します。そして最もポイントが高かった内容を確認します。例えば「最もポイントが高かったのはドッジボール」としましょう。

5. Conclusion(結論)
4から、「交流会はドッジボールをすることに決定」と結論が導かれます。アンケートの聞き方やポイントのつけ方によって結果が変わってくることもあることは、留意点として挙げられるでしょう。

保護者は、統計を学ぶ子どもにどのようにかかわるといい?

――身近な問題についてデータをとって考える際の注意点やポイントは何でしょうか?

大きく二つあります。一つめは「5W1Hで条件や切り口を考え、データを見る」ことです。データは、「いつ(時間軸)」「どこで(場所・地域性)」「だれが(主体)」「何を(ものや事象)」「なぜ(理由)」「どうやって(方法)」という5W1Hを参考に切り口を考えて分析しましょう。そうすることで、問題の原因が見えてきます。

例えば、先ほど挙げた「せかいのこっきあつまれ!」は色(=何を)や模様(=何を)、地域(=どこで)などの切り口から分析されています。

二つめは「得られた解決策や主張と根拠をうまく紡ぐ」ことです。人を動かすには、根拠のあるストーリーが大事なんです。大人の世界でも「売上を上げるためには」「試合で勝つためには」などの問題に対してデータを収集して分析し、それをもとに合理的な解決策を提案していきますよね? 小学生の場合も同じで、自分の主張(提案する解決策)と根拠(分析したデータ)がしっかり結びついていないとうまく伝わりません。相手に効果的に届くよう、ストーリーを持たせることが大切です。

 

先ほど紹介した「小学生のにもつのおもさ」が良い例です。この作品をつくった小学2年生は、毎日暑い中重い荷物を背負って学校に行っていることへの不満から、まずはランドセルの重さに関する全体的な客観数値を出し、次に、重さは実は曜日によって異なることを示し、さらに、重さを要因別に分解して重さの原因を分析して「子どもにこんな重い荷物を持たせるな」という主張をしました。自らの主張を効果的に伝えられる根拠を示している好例です。

日常に対する不満や疑問を抱いたままただ過ごすのではなく、統計を根拠として自分の主張を伝え、解決しようとしている。この力を、身近な問題を題材に鍛えてほしいと思います。

――データに基づいて物事を考えることの意義・重要性について、渡辺先生はどのようにお考えですか?

私は統計学の専門家ですから、それを話し始めると止まらなくなりますよ(笑)。

一つ言えることは、「統計」という言葉には二つの意味があるということです。一つは「統(す)べて計る」。1匹のアリには象の全体の姿は見えないけれど、たくさんのアリがデータを出し合うことができれば、象の全体像を知ることができるかもしれないように、多様なデータを集めることで、自分の周りだけでは見えなかったものが見えてきます。

もう一つは、「計って統(す)べる」。この場合の「統べる」は「governance」「management」の意味で、数字を意思決定に生かすということです。

もちろん、データを見れば何でも解決できるわけではありません。ただ、データをまったく見ずにあれこれ言って決めるのは、適切な意思決定ではありません。例えば、「自分の周りには新型コロナウイルスに感染した人がいたけれど、皆軽症だった。だから、もし自分が感染しても大丈夫」などと、周囲に起こったことだけで判断することにもなりかねません。

データをもとに「全体がどうなっているのか」を把握し、さらに、単に数字の大小を見るのではなく、データの背景や条件の違いなどを考慮して分析・予測したりすることで、より適切な意思決定をしていくことができる。これが、統計の力です。

――最後に、統計を学ぶ子どもたちに対して、保護者の方はどのようなかかわり方をするとよいでしょうか? アドバイスをお願いします。

保護者のみなさんも、お子さんと一緒に取り組み、考えるのがいいと思います。大人も、問題解決やデータの活用に苦手意識のある方や、正解のない問いを考えることに慣れていない方は多いでしょうから、お子さんと一緒に取り組んで問題解決のエッセンスをつかんでいけば、ご自身のお仕事や日常生活などにも十分に役立ってきますよ。

お子さんが設定するテーマも、なんでも構いません。それこそ、統計グラフコンクールの入賞作品にあった「保護者に叱られた回数」でもいいし、「おこづかい調査」などでもいい。用いるデータも、記録された観察データでも、お子さん自身が設計した調査によるものでも、実験をして取得したデータでもいい。問い(仮説)を立てて、データを入手して分析し、結論を出す。そしてその結論を、データを用いて効果的に伝えるストーリーを組み立てる。ものの見方をエビデンスベースのものに変えていく、また、主張の仕方をエビデンスベースのものに変えていく練習として、気楽に取り組んでみてほしいと思います。

PPDACサイクルを回す練習とデータを5W1Hで深掘りしていく練習をしていくだけでも、お子さんも保護者のみなさんも一生分の力がつきますよ。

――ありがとうございました。

渡辺美智子(わたなべ・みちこ)


立正大学データサイエンス学部教授。九州大学大学院総合理工学研究科修士課程修了。理学博士。九州大学理学部附属基礎情報学研究施設文部教官助手、関西大学経済学部専任講師、助教授、東洋大学経済学部教授、慶應義塾大学大学院教授を経て、2021年より現職。専門は統計学と統計教育。監修書に『小学5・6年生向け 統計【基礎編】【発展編】』(アルク)、『こども統計学 なぜ統計学が必要なのかがわかる本』(カンゼン)、『レッツ!データサイエンス 親子で学ぶ! 統計学はじめて図鑑』(日本図書センター)など。

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