新しいものを生み出すために必要な力(前編)_2018.5

新しいものを生み出すために必要な力

既存の知識を活用しながら、さまざまな分野の人と議論を重ね、新しい価値を生み出していくことが求められる21世紀。新しい価値を生み出し、社会をよくしていくために個人に必要なものは何なのでしょうか。「タンジブル・ビッツ」「ラディカル・アトムズ」などの独創的なインターフェイスの概念を生み出した、MITメディアラボの石井裕先生にお話をうかがいます。

 

 

◆100年後も生き続けるビジョンを描く

僕の研究は、ビジョン・ドリブン、すなわち未来像駆動型です。MITメディアラボに1995年に参加してから取り組んでいる「タンジブル・ビッツ(Tangible Bits:手で触れるビット)」、タンジブル・ビッツの次の段階のビジョンとして2012年に提示した「ラディカル・アトムズ(Radical Atoms:動的に形状変化するアトム)」。これらのビジョンのもとに新しい作品をデザインしてきました。たとえば、立体から平面まで、ブラシで触ったものの色やテクスチャーを映像として取り込み、その映像をインクとして絵を描くことができる「I/O Brush」、ガラス瓶のふたの開閉によって音楽のON・OFFを操作する「musicBottles」、敷き詰められたブロック状のピンが物の位置や人間の反応によって形を変える「TRANSFORM」などを開発してきました。
プロダクト(製品)開発というと、ユーザーのニーズに基づいた「ニーズ駆動型」や新しく生まれた技術に基づいた「テクノロジー駆動型」が主流です。そうではなく、なぜビジョン(未来像)駆動型の研究を行うのか。それは、強いビジョンは、僕たちのライフスパンを超えて100年以上生き続けるから。変化のスピードが著しい現代においては、技術は1年あまりで陳腐化し、アプリケーションも10年も経たずにほかに置き換えられてしまいます。しかし、本質的なビジョンは、100年以上生き続け、僕たちの未来を照らし続けてくれます。

 

 

◆新しいものを生み出すことが自分の存在意義

なぜ僕が100年先も生き続けるビジョンを描き、世の中になかった新しいコンセプトを生み出し続けようとしているのか。それは、それが僕のレゾンデートル(raison d’etre 存在意義)だから。僕がこの世界に存在しているのは、生物としてただ食べて、眠って、死んでいくのではなく、世の中に貢献するためです。貢献するには、何か新しい価値を生み出し、社会をよくしていかなければならない。僕たちの命は有限ですから、命がついえたあとも、いかにして生み出した価値を残すかというところまで含めて考えないといけない。本当にすごいアイデアなら、それをきちんと記録伝承することで、何百年という先の未来も照らし続けてくれるかもしれない。それってすごくすてきなことですよね。そのためにいかにして強いアイデアをつくり、どのようにして残すかということを考えています。

 

 

◆「タンジブル・ビッツ」に至る3カ月間

ここで、僕がどのようにして「タンジブル・ビッツ」というアイデアに行き着いたのかご紹介しましょう。MITメディアラボに移ることが決まったとき、当時、所長を務められていたネグロポンテ教授から、「これまでの研究成果を捨ててまったく新しいことを始めろ」と言われました。「人生は短い。新しい物事に挑むことは最高のぜいたくだ」と。その言葉に僕は奮い立ち、独創的な研究で世界にインパクトを与えようと、学生たちと毎晩深夜まで議論を続けました。
独創的でインパクトのある研究を行うには、独創的ターゲットを特定することがとても大事です。まだだれもターゲットにしたことのない新しい問題を提起する、すなわち本質的かつ独創的な問いを問うことです。そのために、世の中が今どのような方向に進んでいるか考えてみてわかったことが2つありました。1つめは、ピクセルエンパイア(pixel empire)。テレビも、パソコンも、すべてのスクリーンはピクセルでできています。ピクセルが、世界を制覇しようとしている。2つめは、ジェネラルパーパス(general purpose)。ピクセルは何にでもなります。絵にもなるし、字にもなるし、汎用性がある。
そこで、この2つとまったく逆のベクトルは何かということを考えました。ピクセルはフォトン、すなわち光子だから、その対極にあるのは、たとえば粘土や積み木など、タンジブルなもの、すなわち手でつかんで感触のあるもの、すなわちアトム。さらに、ピクセルはフォトンが網膜に当たって初めて見てわかるもので、その対極にあるのは、フィジカルなもの、すなわち、物理的実体があって、自分の身体で存在を確認できるもの。また、ジェネラルパーパス(general purpose)(汎用)の対極にあるのは、スペシャルパーパス(special purpose)(専用)。たとえば、ハンマーやスクリュードライバー、包丁といった、特定の用途に特化して作られたものがスペシャルパーパスです。この2本のベクトル、すなわち、物理的な実体があって、手で直接操作できて、スペシャルパーパスで最適化できるもの、というベクトルで夜空を照らして、その中に「タンジブル・ビット」という飛行船が現れるのを待ちました。学生と毎晩、「何が人間にとって本質的な、身体を生かしたインタラクションか」を議論し、いっぱいスケッチし、論文を書き上げ、そうして3カ月かかって現れたのが、タンジブル・ビッツというアイデアです。

(c)2012 Tangible Media Group/MIT Media Lab
(c)2012 Tangible Media Group/MIT Media Lab

 

◆自分の時間は有限。無駄にする時間などない

先ほど、新しい問題を提起する、すなわち、よい問いを発することが大事と述べました。「よい問いを発するにはどうすればいいか?」とよく聞かれますが、そんな問いを発すること自体、すでに終わっていると僕は思います。本当に何か創造したい、何か貢献したいと必死に思っていれば、自ずと問いは出てきます。
ただ、今の日本は満たされている部分も多いですから、毎日が楽しくて、好きな人とおいしいごはんを食べて、買いたいものを買って…という生活をしているときには、問いはなかなか出てこないですよね。お腹が空いていない人に「何を食べたい?」と聞いても「別に何も…」と返ってくるように。
どのように問いを発し続ければいいかわからないなら、そのこと自体を自分に問い続けるしかない。たとえば、みなさん、今日の僕の話から何を学びましたか? この話を読んで僕に聞きたいことはどんなことですか? こう聞かれて3分以内に140字にまとめられますか? 本当に何かしたい、何か貢献したいと必死に思っていれば、自ずと問いは出てきます。
もう一つ大事なことは、自分に残された時間は有限だと理解すること。その間に成し遂げたいことがはっきりとわかれば、無駄にする時間なんてありません。自分が何をやりたいか、残り時間があとどのくらいあるかがわかっていれば、必然的に本質的な問いを問わざるを得なくなります。未来は無限でだらだらと続いていくと思っている人は、おそらく何の問いも浮かばないでしょうね。僕の命はおそらくあと25年くらいです。命がついえるまでの残り時間が勝負です。

 

プロフィール

石井 裕(Hiroshi Ishii)
アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ 教授。北海道大学工学部電子工学科、同大学院情報工学専攻修士課程修了。電電公社(現・NTT)勤務ののち、西ドイツのGMD 研究所客員研究員、NTT ヒューマンインターフェース研究所などを経て、1995 年、MITメディアラボへ。「タンジブル・ビッツ」の研究で世界的評価を得る。2001 年には日本人で初めてMIT MediaLab 教授として、終身在職権を得た。

 Twitter  Facebook新しいものを生み出すために必要な力(後編)に続く 

 

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