Z会担当者コラム 自分で考えることのできる中学生になってほしい 「総合」担当者の今、思っていること

■第16回:『滝山コミューン一九七四』を読んで

『滝山コミューン一九七四』を読んで

原武史『滝山コミューン一九七四』(講談社)を読む。

著者の体験を綴ったドキュメンタリーだそうだが、小説のようなおもしろさがあった。

著者とはほぼ同世代なのだが、へーえ、同世代でこんな小学校・小学生も存在したんだなあ、という驚きもあった。

都会と地方との差が、今と比べて、ずいぶん大きかったようですな。

いくつか引用。

「水道方式」について、ご存じの方はいらっしゃるだろうか。

《六〇年代はじめには「水道ママ」という言葉があったという(中略)遠山の本を自ら買って勉強し、わが子の担任教師に「水道方式」で教えるよう要求し、「水道方式をやらない教師はダメな教師であるかのように、トクトクとしゃべる母親」のことである。それから十年後、「水道ママ」という言葉は聞かれなくなったものの、それに当たる母親は滝山団地にもまだ確実にいたように思われる。/こうして3年から4年に進級するや、算数の教科書が使われなくなり、代わりに大量のプリントが配布されるようになった。『わかるさんすう』を児童に買わせるのではなく、その中身を先生が書き写したプリントを配ることで、教科書の無償配布の原則を守ったのである。》(p45~46)

『わかるさんすう』というのが、水道方式で書かれた、いわば検定外教科書。

先生は、「オレはすごくいいことをしているんだ!」と思っていたことであろう。

すばらしいと考えるテキストを、児童に無償で配布しているわけだから。

著者である遠山先生も、教育的見地から「うむ、オレには印税が入らないけど、使ってもらえりゃ本望だ」と思っていたかもしれない。

しかし、出版社としては、どうだろう。

『わかるさんすう』を勝手にコピーされてしまっては、出版社はたまったものではない。

だから、大概の本には「無断複製を禁ず」と書かれているのである。

書かれていない場合であっても、無断複製はNGというのは常識のはずだが。

これがいわば、目的が手段を正当化するというものだな。

話は変わって、みなさん、小学校のとき「班」ってありました?

小学校における「班」活動、いわゆるリベラルというか民主的というか、そういう先生方が戦後始めたもののようです。

《陸海軍が解体されて以来、長らく死語となっていた「班」を、六〇年代になって学校教育の現場に持ち込んだのである。》(p53)

だから、何ていうのかな、民主主義を学ぶための方法、というつもりだったらしいが、そこでは個人の自由よりも集団の利益(というか、集団が一致すること)が優先される。

あれえ?という感じでしょ。自由じゃない民主主義。かつてのどこかの国みたいですよね。

小学生がこんなことをしていたのね、という話から。

《その日(中略)掃除をしていると、代表児童委員会副委員長の朝倉和人が来て、小会議室への出頭を命じられた。(中略)/私はついに来るべきものが来たと覚悟し、特に抵抗することもなく、比較的冷静であった。(中略)/小会議室に入ると、代表児童委員会の役員や各種委員会の委員長、4年以上の学級委員が、示し合わせたかのように着席していた。(中略)/朝倉は(中略)「民主的集団」を攪乱してきた私の「罪状」を次々と読み上げた。その上で、この場できちんと自己批判をするべきであると、例のよく通る声で主張した。》(p253~254)

小学生が小学生に自己批判を求める!

すいません、嫌な小学生だな、と思ってしまいました。

この子ら、どんな中学生、高校生になっていったのだろう。

《二〇〇六年十二月に教育基本法が改正される根拠となったのは、GHQ(連合国軍総司令部)の干渉を受けて制定されたために「個人の尊厳」を強調しすぎた結果、個人と国家や伝統との結びつきがあいまいになり、戦後教育の荒廃を招いたという歴史観であった。だが果たして、旧教育基本法のもとで「個人の尊厳」は強調されてきたのか。問い直されるべきなのは、旧教育基本法の中身よりも、むしろこのような歴史観そのものではなかったか。》(p277)

このような歴史観=戦後民主主義批判、ということですな。

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著者プロフィール

川渕 健二(かわふち けんじ)
おかしいものはおかしいと口に出して言えること、
他者と協同してそれを是正していける人が増えることを願う、
Z会の中高一貫コース「総合」担当者。釣りをこよなく愛する。

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