次期学習指導要領案から「学校でのプログラミング教育」について考える(2)_2017.3

次期学習指導要領案から「学校でのプログラミング教育」について考える

2016年末に発表された「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)(中教審第197号)」に引き続き、2017年2月14日には実際の学習指導要領の案が発表されました。答申と学習指導要領案から、次期学習指導要領で「プログラミング教育」がどのように行われていくのかを考えてみましょう。前回に引き続き、答申や指導要領案から見え隠れする懸念点や問題点について述べていきます。

 

◆教員が教えられるのか!? 教員は足りるのか!?

「プログラミング教育必修化」が話題になった際、「教員が果たして指導できるのか」という声が聞かれました。この点については、比較的楽観視をしています。そもそも今回議論されている「プログラミング教育」は教科の学習と関連づけられており、その教科の専門性があれば指導できるものになることでしょう。機器の操作などに不安があったとしても、すでに外部の専門家や補助員を活用する取り組みもあります。また、コーディングについては以前にも触れたように、必ずしも最先端の技術である必要はありません。次期学習指導要領で想定されるコーディングであれば、ある程度の専門性を持った教員であれば対応できるはずです。「教える」ことに関しては大きな問題を感じてはいません。

しかし、「教材が作成できるのか」という点に関しては不安を感じています。確かに「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」には様々な例示がなされていますし、新指導要領の実施に向けて多くの先生方の事例報告も発表されることでしょう。検定教科書には教師用の指導書がありますので、その教科書を用いた授業の中で考えられる「プログラミング教育」の例示は、そうしたものの中でもなされていくことでしょう。とはいえ実際の授業で取り扱うためには、やはり授業をされる先生がご自身の担当される児童・生徒の顔を思い浮かべながら準備する必要があります。もちろん、必要に応じて副教材を作成することもあります。「準備されたもので指導する」ことに関しての不安はありませんが、「指導する内容を考える」ためには「プログラミング教育」についての知見が必要です。「プログラミング教育」の観点からは、授業準備にかかる先生方の負担増が心配です。ただしこの点に関しては、教員養成課程で「プログラミング教育」を意識したカリキュラムが整備されてくることで解消に向かうでしょうが、数年で解消できる問題ではありませんので、指導要領案に示された程度の内容であっても、思うように実施できない学校も一定数存在するのかもしれません。

また、教員数の不足についても懸念されます。ただでさえ学校の先生方の負担は大きく、これ以上の負担増は日本の教育の崩壊につながりかねません。それにもかかわらずこれまで以上に授業の準備に時間がかかるとなれば、「プログラミング教育」はおろか、授業の質そのものが低下する恐れがあります。少なくとも校務分掌や部活動などの負担軽減をすることは必須でしょうし、そのためには教員数増や外部委託が必要です。また、先ほど触れたように、外部の専門家や補助員などを採用することも考えなければなりません。ですが、財務省は教育費削減を考えているようです。このことに関して財務省は「少子化や学校の統廃合などにより、結果的には人数あたりの教員数は増えることになる」と説明していますが、業務量自体が増えるのであれば、状況は大きく変わらないということにならないでしょうか。もちろん財務省も「エビデンスに基づく予算編成を含むPDCAサイクルを徹底する必要がある」としていますので、「教員数の不足」を訴えるのであれば、教員の「実感」を裏付けるような調査が行われることも必要だといえます。

 

◆小学生の平均は分速5.9文字

これまでにも触れている通り、「プログラミング教育」においては「機器の操作の習熟」を目的とはしていません。とはいうものの、ある段階においてはキーボード入力を含む「機器の操作」が必要となる場面も出てきます。その場合、児童・生徒がどれだけ機器の操作に習熟しているかによって授業の進行は変わってくるでしょうし、他の実技教科以上に習熟度の差が激しくなることが予想されます。

答申の本文中では、「情報活用能力」という文脈の中ではありますが、「小学生の1分間あたりのキーボードでの文字入力数が平均5.9文字である」ことが紹介されています。そして、指導要領案にも「児童がコンピュータで文字を入力するなどの学習の基盤として必要となる情報手段の基本的な操作を習得するための学習活動」を実施すること、とあります。機器の操作の習熟が目的ではない一方で、そのために時間を使わなければならない場面もあるでしょう。また、機器の操作に習熟していないために授業が進まないこともあり得るでしょう。それも、全員が等しく習熟していないのではなく、クラスの中で二分化することが考えられます。そのような状態では、教員1人で授業を進めることは困難です。

こうした問題を解決するには「アクティブ・ラーニング」や協働学習などを積極的に取り入れていくことが不可欠でしょう。多くの学校で実践が行われていますが、全ての教員がこうしたスタイルでの授業に取り組んでいるわけではありません。また、こうした形態が「内容の理解」には効果的かもしれませんが、「機器の操作の習熟」については未知数です。一方で「技能の着実な習得を図」ることが求められてはいても、教員の側に技能が足りない可能性もあります。こうした技能の教授法を知らないことも考えられます。教員向けの講習やセミナー、勉強会などの開催も求められることになるでしょう。

 

◆「情報教育」への理解のなさ

日本では「情報教育」という言葉が「コンピュータ教育」と同義に受け取られることが多いように感じます。学校現場でも、「情報」の授業を「コンピュータ」の授業だと考えている人が少なからずいます。この思い込みが払拭されない限り、次期指導要領も正しく理解されないのではないかと懸念しています。

東京理科大学の理工学部情報科学科で学科長や学部長なども務められた故・大矢雅則先生は、1999年に出版した著書の中で次のように書かれています。

コンピュータも情報を処理する道具として大きな役割を果たしているが、「情報=コンピュータ」という我が国の風潮は大変な誤謬で、こうした図式ではコンピュータ科学の発展さえもおぼつかないといわざるを得ない。(『情報数理入門』はじめに)

今から20年ほど前に書かれたとは思えないほど、現在でもその状況は変わっていません。こうした状況を鑑みると、「情報」の授業でも扱われることになる「プログラミング教育」も、「情報教育」同様「コンピュータ教育」の一環に過ぎないとの誤解を受け続けることが十分に考えられます。「プログラミング教育」が「コンピュータ教育」だけに収まらない広がりを持ったものであることを、民間企業であるわれわれも含めた関係者が発信し続けなければなりません。

一方で、今後に期待する面もあります。答申では「課題を踏まえた情報科の目標の在り方」として「小・中・高等学校を通じた情報教育と高等学校情報科の位置付けのイメージ」という資料が別添されています(別添資料14-2)。こちらでは、幼稚園における「幼児教育において培われる基礎(言葉による伝え合い、様々な表現等)」あっての情報教育であり、小中高それぞれの段階において「情報や情報手段が活用されていること」を学んだり、「問題を発見・解決したり、自らの考えを形成したりする経験」を重ねたりすることにより、「科学的な知として体系化していくようにする」ことが謳われています。そしてその結果として、コンピュータが使えるようになったり、プログラミング的思考ができるようになったり、より望ましい社会を構築しようとする態度が養われる、としているのです。こうした見方が広がり、「プログラミング教育」を含む「情報教育」が正しく理解される世の中になってほしいと願っています。

以上、展望と懸念について探ってきました。これから学習指導要領の策定に当たり、今後様々な議論がなされていくことでしょう。こうしたものについても、公開情報を中心に紹介していきます。

 

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