2016年12月号

2016年12月号

◆中1 _社会分野 スポーツについて考える~スポーツとビッグデータ~

◎出題のねらい◎
「ビッグデータ」は経済や医療などさまざまな場面で現在注目を集めています。
そのような「ビッグデータ」が、これまではともすると「データ」とは距離のあった「スポーツ」にどのような影響をもたらす可能性があるのかを添削問題で論じてもらいました。
新しい技術によって社会がどう変わりうるのか、まさしく答えのない問いに対して真剣に考え、取り組むことが求められます。

◎問題◎

大問1の資料をふまえ、スポーツに統計データ(ビッグデータ)を活用することについて、具体的なスポーツ競技を取り上げつつ、スポーツをする立場や観る立場から、あなたの考えを300字以内で述べなさい。

◎答案例1◎
サッカーの試合において、スポーツをする立場の場合、ビッグデータを活用することによって、強い選手の動きを分析して、相手のボールをうばったり、自分たちが有利になるような作戦を立てることができる。また、スポーツを観る立場の場合も、サッカーのことを知らない人にも、ビッグデータを活用して、試合の展開を予測してわかりやすく、解説の人が教えることによってもっとサッカーを楽しく、わかりやすく観れるようになると思う。しかし、このビッグデータばかりに頼ってしまい、サッカー本来の楽しさが失われてしまうかもしれない。だから、このビッグデータをうまく利用することがよいと僕は思う。

◎答案例2◎
私は小学生の頃、剣道をしていました。剣道は、というかどのスポーツでもそうですが、礼儀を大切にします。ビッグデータを活用する、例えばとある選手の試合の動きの特徴をまとめたものとします。そして、その選手に勝つための工夫を練り上げました。でも、それはあくまで勝つためのものです。勝利至上主義というのは、あまりに勝ちに固執するために礼儀を見失うことがあるのではないかと思います。また、見ている方もその選手の本来得意としている動きを封じられてあっさり負かされていては、つまらないと思います。もちろん、本当の選手ならば、そうされた時の対応策もあるでしょう。でも、その勝ちに対しての選手の態度は良いものでしょうか。

◎答案例3◎
将棋もこまを動かして王将を取りに行くスポーツと考える。人間相手に対局するときには、相手の指手をみてせいぜい三手先を予測する。頭の中で自分の経験と勘をフル活用するので、勝っても負けても気分は良いし又対局したいと思う。しかし、最近ではコンピュータの処理能力が向上したので、最初の一手を指した瞬間、すべての可能性のある指手が計算されてしまうので、将棋を指すことが単なる指手の消去作業になってしまった。結果、他人の将棋を見る楽しみはなくなるだろう。スポーツについては、統計データに基づいた戦術をとりすぎると勝負の結果まで見通せるようになると思うので、ある程度は人間の意外性も残しておくべきだ、と考える。

 

◎講評◎
答案では、取り上げるスポーツによって立場もさまざまで、こちらが想定していた以上に多くの視点からの意見を見ることができました。
確認した限りでは「賛成」の立場のものがやや多かったものの、例えば「フィギュアスケート」のように芸術性が評価されるスポーツを取り上げた答案では、「反対」の立場が多く見られました。中には、「プロ」と「アマチュア」に分けてデータ活用の是非を論じたものや、他の問題で取り上げた「勝利至上主義」と絡めて論じるものなど、一歩深い視点からの考察ができているものも見られました。

 

◆中2 _社会分野 歴史を学ぶ意義~歴史を考える~

◎出題のねらい◎
歴史を学ぶこと=年代・人名・事件名を覚えること、と思っていませんか?
12月教材では、“歴史を考える”ことをテーマに学習し、歴史研究で用いられているアプローチの仕方から物事を論理的に考えることに取り組んでもらいました。
今回の課題では、提示史料と知識を活用して自分なりの見解を導き出し、根拠を示しながら考察結果を説明することで、読み手にわかりやすく伝えることを目的としています。

 

◎問題◎

会話文と資料1~資料3に基づいて、「天皇」の称号がいつから使用されたと考えるか、あなた自身の考えを、根拠を示しながら300字以内で述べなさい。

◎答案例1◎
私は天武天皇のころだと思う。理由は、資料3にあるように万葉集に収められている672年の歌には大王がつかわれていて、677年に記された木簡には天皇の文字が見られるためだ。しかし、資料2にあるように日本書紀の608年の出来事に天皇という文字がでてくる。だが日本書紀は720年に成立していてこの頃には天皇の称号が使われていたため、大王ではなく天皇を使って分かりやすくしたと考えられると思う。また、607年に遣隋使として派遣された小野妹子の国書には天皇ではなく天子という称号が用いられており、推古天皇の時代ではまだ天皇という称号は使われていなかったと思う。だから私は天皇の称号が使われ始めたのは天武天皇のころだと思う。

◎答案例2◎
僕は「天皇」の称号は推古天皇のころから使用されていると考える。なぜなら、「日本書紀」に推古天皇のもとで派遣された遣隋使に関連して、608年に送った国書の中に「天皇」という称号が使われているからだ。「送った国書」だから正式な文書である。その「正式な文書」に使われているから、推古天皇のころから天皇の称号は使われていたと考えられる。しかし、その後、壬申の乱平定後の歌に「大君」という言葉がある。これは、まだ天皇という称号が浸透していなかったからだと考える。この頃、天武天皇のころの677年に記された木簡には「天皇」の文字が見られる。つまり、浸透はしてないが推古天皇のころに使われ始めたと考えられる。

◎答案例3◎
私は、「天皇」という称号が使われ始めたのは推古天皇の頃からで、その呼び方が広く庶民にまで広がったのは天武天皇の頃だと考える。なぜなら、『日本書紀』の記録の中では国書の中で天皇という言葉は使われているが、『万葉集』の中の壬申の乱平定後の歌での天皇の呼び方は「大君」となっているため、少なくとも推古天皇の頃から天皇という言葉は使われてきたが天武天皇の前まで庶民は天皇のことを「大君」と呼んでいたことが分かるからだ。また、677年に記された木簡には、「天皇」という言葉が書かれているため、天武天皇が即位してから数年後には「天皇」という呼び方が定着してきていることも確認できるからだ。

 

◎講評◎
答案では、自分の見解をはじめに述べ、続けてその根拠を説明していくという構成のものが多く、しっかりと構成を検討したうえで文章としてまとめていることがうかがえました。
また、こちらが想定していなかったような鋭い視点で史料を分析して論じているものもあり、読み手を納得させるのに十分な内容の答案が見られました。

 

お問い合わせボタン

 

~最新の情報をお届けします~

ミライ研究室専用LINE、Z会の無料メールマガジンで最新の情報をお届けします。

Z会の各種サービスのお申し込み・資料請求はこちらから