2017年6月号

2017年6月号

Z会中高一貫コース「総合」講座は、「人文分野」「自然分野」「社会分野」の中から、毎月1分野に取り組み、答えがひとつではない問いに自分なりの答えを見つけ、それを他の人と深め合いながら解決できるようになることを目指した講座です。
ここでは、「総合」講座の問題と実際に会員から寄せらせた解答、担当者の講評をご紹介していきます。

 

◆中1 _人文分野 食文化の移り変わりを統計と照らして考えよう

◎出題のねらい◎
皆さんの食卓には、普段どのような料理が並んでいますか? それは変化してきましたか? 日々の生活では気がつかないような事柄でも、統計データを見てみると思わぬ発見に出会うことがあります。今回はその「発見」とそれに対する「分析」の流れを学習しましょう。
添削問題では、行事食について取り上げます。皆さんの家庭では5月5日のこどもの日に柏餅を食べる習慣はありますか? こういった行事食の取り方についても、統計データと見比べると意外な発見があります。自分たちの食事の有り方と照らし合わせながら、問題に取り組んでほしいと思います。

◎問題◎

あなたが取り上げた、あなたの家庭における行事食の摂取状況は、どのような要因によってもたらされていると考えますか。食の好み、個人・家族の生活、食に関する産業など、今回の出題で学習した観点を考慮して、200字以内で分析しなさい。

◎答案例1◎
私の家では、海外で暮らすことが多かったので、意識して行事食を食べるようにしています。クリスマスケーキは、みんな好きなものを買いたいということでピースのケーキになりました。また、冬至のかぼちゃ、ぼたもち、おはぎはスーパーで売っていたら買うそうです。私は資料2にあった恵方巻のように現在消費が減っている行事食もみんなが普通に食べるようになり、家族のつながりが強くなればいいなと思います。

◎答案例2◎
正月料理や年越しそば、ぼたもち、七草がゆの共通点は、どれも日本の伝統文化だということだろう。そのことには、祖父母が関係していると考えられる。僕の家庭は祖父母と一緒だ。その中でも、祖母が作ってくれる行事食が印象に残っている。スーパーで買ってきたものはあまり覚えていない。あられやさくらもちは、子供の年齢が関係しているだろう。僕には2つ年下の妹がいる。妹がおおきくなり、昔はもう成人のような年だから、節句を祝いにくくなるのかもしれない。

◎答案例3◎
両親が共働きなので、手軽に入るようになった恵方巻を毎日食べています。だから、家族そろって恵方巻を食べたことがありません。かしわもち、あられ、桜もち、月見団子は給食にだされるほど、身近になり、毎年取っています。しかし、うなぎだけは取らなくなりました。それは、生産量が低下し、値上げされて、簡単に手に入るものではなくなりました。また、絶滅危惧種でもある国産(天然)うなぎは、スーパーでもあまり見かけなくなりました。

 

◎講評◎
「答案例1」の「海外で暮らすことが多かったので意識して行事食を食べるようにしている」というのは素晴らしい心がけですね。海外にいながらも、日本のことを意識するようにしているというご家族の考えを丁寧に説明できています。後半の提案の部分も、食に求めているものがわかりやすく表現できている答案でした。
「答案例2」では、家族構成と行事食の取り方の関係性を適切に指摘できていました。このように複数の視点から分析できると、非常に深みのある論述になりますね。
「答案例3」のような方向性は、全体的に多かったのですが、これは中でもよく分析できています。今年は比較的うなぎが安価に入手できる、というニュースもありました。それに応じて今年の「土用の丑の日」のうなぎ摂取量が増えるかどうか、ニュースで確認してみると面白いでしょう。

 

◆中2 _人文分野 表現の自由について考えてみる~表現の自由はどこまで許されるのか~

◎出題のねらい◎
「国境なき記者団」が毎年発表している報道の自由度ランキングで、ここ数年、日本の順位は下がりっぱなしです。日本では今、「報道の自由」、言い換えると「表現の自由」が危うい状況にあるのでしょうか。いずれ、思ったことを自由に口にできない社会になってしまうのでしょうか。
民主的な国におけるメディアの役割の1つは、権力を監視することです。メディアは今、その役割を果たしているのでしょうか。……といった問題意識を背景に、中学生のみなさんに「表現の自由」について考えてもらいました。

◎問題◎

「表現の自由」は、どうあるべきか? ウォーミングアップから資料までで取り上げた具体的事例の中から1つ以上を選び、それを題材として、あなた自身の考えを、なぜそう考えるのかも含めて400字以内で述べなさい。

◎答案例1◎
私は表現の自由は守られるべきだが、その一方で他人を傷つけることはしてはいけないと思う。ステップ3の中で取り上げられているテロ事件のように、たとえ風刺画を売り物にしている週刊紙だとしても、人を何度も不快にさせるのはよくないことだし、それを自分がされたら嫌だと思うようなことはしないというのが人々の間で争いを防ぐ方法だと思うからだ。表現の自由は、人の表現を保障することによって自分だけでなく他人も幸せにするためにあり、決して人を不幸にするものであってはならないと思う。「シャルリ・エブド」の襲撃事件では、もちろん襲撃した側が悪いが、イスラム教を信仰している人だけでなく他の宗教の人も不愉快にさせた出版社も悪いと思う。このように表現の自由は人々を幸せにするためのものであるので、誰かに規制されるべきでないと思うが、人々を不愉快にすることに利用されてはいけないと思う。

◎答案例2◎
シャルリ・エブド事件やヘイトスピーチのように、表現の自由によって、他人の人権が傷つけられてしまうことがある。よって、結果的に表現の自由は少し規制しなければならないことがある。一方で、資料の高市大臣のような、表現の自由によって、政府が批判され、立場が危うくなったので、表現の自由は規制するべきだという意見に対しては、疑問に思う点がある。つまり、立場や権利が傷つけられたからといって、一概に表現の自由を規制すればよいかといえば、そうではないということだ。おそらく、前者は表現の自由が規制されたからといって何も危険はないが、後者は、表現の自由が規制されると、国民の声が政府に届きにくくなるという危険がある。だから僕は、表現の自由を規制したときに、どんな影響が生じるか確かめたうえで、表現の自由を守るべきか規制するべきかもっと慎重になって一概にならずに結論を出してほしいと思う。

 

◎講評◎
「答案例1」の「表現の自由は人々を幸せにするためのものである」には感心しました。「表現の自由」自体を目的とするのではなくて、その上位に「人々の幸せ」を置く。そうすれば、自由と規制をどう折り合わせていけばよいのかも見えてきそうです。
「答案例2」を読みながら、表現の自由に関する国連特別報告者であるデービッド・ケイ氏の会見を思い出しました。ケイ氏は、日本報道関係者が政府の圧力にさらされていると指摘していました。

 

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