第30回 古文を学ぶ意義

執筆者:山形祥大(Z会進学教室 渋谷教室/国語科)
記事更新日:2022年02月01日

古文を学ぶ意義

みなさまはじめまして。Z会進学教室渋谷教室教室長の山形と申します。私からは古文を学ぶ意義と学習のポイントをお伝えいたします。

受験科目だから大切、ということだけでなく

まず、古文を学ぶ意義についてお話しいたします。

受験に限って言えば、古文漢文を出題できるかというのは難関校の条件でもあります。難関校を受験するには必須とも言えます。もちろん現代文や小論文で受験できる難関大もあります。(私大文系だとしても古文まで出せる学校が減ってきています。古文が出る、ではなく出せる、という表現になったことはあくまで私の邪推によるものなのですが。)

受験科目だから大切、という当たり前のところから少し離れて意義を考えます。思うにそれは、変化の激しい時代に自己成長させるヒントが沢山あるということです。我々が今置かれている時代は、変化の激しい時代です。そのため、一度身につけてそれで充分という知識はなく、常に学び続けて変化に対応することが求められます。そういう意味では、様々なことから学びとる技術を身につけることが大切です。その、何から学んでいくかという学びの対象の一つに古文もあります。昔の人も今の我々と同じように災害や争い、病気や恋、仕事などに悩んできました。苦悩を目前としたそのときに、人は何をどう考えたのか。生きた教訓がそこにはあります。数百年どころか千年以上も前の作品でありながら、それが自分の救いになることが沢山あります。明治の作品を古文というかはともかくとして、例えば、明治時代も今の我々と同じように変化の激しい時代に苦悩してきました。争いや災害の多かった鎌倉時代、そういう作品から得るものも非常に大きいのです。時代は変わっても人間の本質は大きく変わりません。勉強をして、働いて、恋をして、飯を食って、遊んで、寝る。災害や政治にも振り回されて、先の見えない世の中に苦悩したのです。

インターネットで何か思いついた疑問を調べてみてください。インターネット上で同じような疑問に関する質問がすでになされていることが多いのではないでしょうか。頻繁にされる質問をFAQと呼び、HPに記載している企業も多くあります。過去の人が質問したことのない質問を探す方が難しいかもしれません。ネットが発展してからのここ数十年でさえそうなのです。数百年、千年とまで遡れば様々な疑問や不安、対処法や心構えが隠されていると思いませんか?

「賢い選択」が賢いのか

さらに、古文は思考力を養う教材としても最適だと感じています。古文には省略の美学があります。読み手はその背景や行間を読む必要があり、その訓練が思考力の養成に役立つのです。

今の時代は損得重視で、すぐに役に立つものを求める時代だと感じています。(自己責任の世の中でのリスク回避の一つと私は考えています。)そうなると、取り急ぎの結論でもそれを信じてしまえばあれこれ悩む必要がなくなり、安心できます。インターネット上のブログやYou Tubeなどのサムネイルを見ても、結論!これがベストバイ(買うべき!)とか、口コミ1位!食べログ4.0以上!ゲームなどに関してもテンプレ(テンプレート)最強パーティーなどと、そのジャンルに詳しい人の最適解(?)にあふれています。家電なども、パンがおいしく焼ける、肉を焼くならこれ、ヨーグルトを作るなら、などと身の回りのものも専門化、細分化したものにあふれ、消費者が考えなくても良いように設計されていると感じます。そこには、何をどう使うかという工夫や遊びは存在せず、何をしてくれる道具を選ぶかという視点しか存在しません。偏差値だけが学校選びの基準だったり、信頼して頂けるのはありがたいのですが、おすすめの学校を受けます!決めて下さい!などというご家庭もいらっしゃいます。

以前、高校生を教えていると「こういう解き方どうですか?」とか「ここってこう考えるべきじゃないですか?」などと戦闘(?)を仕掛けてくる子が沢山いました。そういう子達を出来る限り短い言葉で、簡潔に斬り伏せていくのが授業後の楽しみでもありました。今の子達は良くも悪くも良い子です。言われたことを全て受け入れてくれます。その上、何をしたらいいか?どのようにしたらいいか?という漠然とした丸投げの質問が増えた気もしています。もちろんそれがダメだと言うつもりはありませんので、そういう場合も変わらずに彼らの気持ちになって接しているつもりなのですが、時代の変化を一番感じる時です。

グローバル化が進む現実の世界は思ったよりも多様で、思ったよりも変化のスピードも早いため、方法論だけで対処することは出来ません。立場の違う人の間で意思決定をしたり、文化的背景の違う人たちとコミュニケーションを取る必要があります。正解のない世界で生きていくには通り一遍の方法論だけではダメです。それ程、社会は複雑化しています。だからこそ、その不安を解消するために簡単で便利な方法を求めたくなる気持ちはよくわかります。しかし正解が見えにくいからこそ、自分なりの正解を見つけられるようにしないと変化の社会に振り回されてしまいます。自分の生き方のスタイルを確立するには形だけ、見た目だけの模倣ではダメです。数学や歴史、古文、美術、ファッションなど様々なものにも背景や空白は隠れています。そういった行間を読む読解力、思考力の成長が必要だと考えます。強調しますが、古文を学ぶのはそのツールの一つだということです。役に立たないものはいらない。果たしてそうなのか。今一度考えてみたいところです。

具体的な古文学習のポイント

さて、古文の具体的な学習のポイントについて1つだけお伝えします。
それは音読です。音読が出来るようになることが1番のポイントです。よく、漢字が難しいからひらがなで書くなんて小学生がいたりしますね。古文においては、ひらがなだから難しいというところがあります。漢字から意味を想像することも出来ませんし、単語の切れ目さえわからないこともたくさんあります。まずはきちんと音読できることを大切にしてみて下さい。百人一首などの和歌の音読がわかりやすいスタートだと考えます。難しいだけでなく、その美しさにも出会えることでしょう。美しさの価値観は人それぞれで、それは主観にすぎませんが、自分にとって美しい和歌というのは人生における豊かさの1つではないでしょうか。せっかく勉強するのですから、美しいと思える和歌に出会えると良いですね。

少し具体的に和歌を見てみましょう。以下の和歌を音読してみてください。

・秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる   藤原敏行朝臣

こちらはきっとスムーズに読めると思います。次の和歌はいかがでしょうか。古今和歌集より引用です。

・人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける      紀貫之

こちらは、ハ行の読み方に区別が必要となります。
人 は(ワ) いさ 心 も 知ら ず ふるさと は 花 ぞ 昔 の 香 に におい ける と読みます。こちらは仮名遣いのルールを押さえた区別が必要ですので、そのための学習が必要です。

次の和歌は新古今和歌集より引用です。この和歌は切れ目が難しいですね。

・ながめ侘びぬ秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらむ    式子内親王

ここでのポイントは、月 休む らむ ではなく、月 や すむ(住む・澄む) らむ という切れ目です。こうなると仮名遣いだけでなく、助詞や表現技法なども押さえる必要があります。同じ和歌でも難しさとして受ける印象が大きく違うことがわかると思います。ただ、この解釈も中学生で習う知識で十分に理解が出来ます。受験勉強の世界は箱庭と思う(実際に否定は難しい)かもしれませんが、その世界も広くその学びは本質に通じています。

まとめになりますが、古文の学習をする上では音読が必要で、その音読をするために歴史的仮名遣いを学ぶ必要があります。そこから中学生としての古文の学習がスタートします。そしてそこから、かなりのものを読めるようになるということです。

Z会では厳密には6年生である中学準備講座の時点で歴史的仮名遣いを扱います。そして本科でも音読を大切にしながら、漢文や漢詩なども含めて様々な作品に触れていきます。当然入試に必要な単語の意味や文語文法なども含めて少しずつ、高いレベルまで学んでいきます。高校生になると体系的に文法を身につけていなければ問題に太刀打ち出来ませんが、Z会では中学生の段階から高校生で学ぶ内容、もっとその先の広大な知識の沃野につながる先を見越した指導をしています。知的な刺激を求めるみなさまと教室でお会いすることを楽しみにしております。

この記事の著者

山形祥大(やまがた・よしひろ)

Z会進学教室 渋谷教室長 年長から高卒まで全学年を通年で対面指導した経験がある。現在は小6公立一貫校受験コースの文系や国語の授業を映像授業を含めて担当。難しいのになぜか国語が大好きになる知的好奇心を刺激する授業を、一期一会の精神で実施している。たとえ話が大好き。

渋谷区の学習塾・個別指導塾「Z会渋谷教室」

 

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